<新庄山城(奈良部城)>
乙子城と沼城の中間点に位置する連郭式の山城。尾根伝いに郭を縦列に配し、先端に堀切を設けているそうである。本丸以外の郭は確認できなかった。
詳しい築城年代は分かっていないが、沼城城主であった中山備中守(宇喜田直家の義父)の家臣、新庄助之進の居城と伝わっており、16世紀前半ではないかと推測されている。現在の姿は宇喜田直家時代に改修されたものとのこと。
浦上宗景の臣として乙子城を与えられた宇喜田直家は、天文18年(1549)、謀反の疑いをかけられた同族の浮田大和守を砥石城に攻め滅ぼした(本文参照)。砥石城はすぐ西隣に領地を持つ高取山城の島村豊後守(直家の祖父を謀殺した人)に与えられ、直家にはここ奈良部城が与えられた。新庄山城というのは、現在の呼び名らしい。
宇喜田直家が沼城から岡山城に移った際に廃城になった。

彦右衛門
「よし、ここが登山口のようじゃの。かかれ!」

章之進
「ぜえぜえ、こっちはなんだか道も狭くて、坂道もきついですぞ。」
彦右衛門
「くそッ!また義左衛門めに騙されたか!じゃが、大した城ではない。見よ、もう本丸がすぐそこじゃ。」
宇喜田直家
「そこにおわすは彦右衛門殿とお見受け致した。我ら最早抵抗の気などござらぬ。降伏を受け入れてもらいたいのじゃが。」
章之進
「あんなこと言ってますよ。願ったり叶ったりではありますが、毒を盛ってくれたこともあるし、迂闊に本丸に入るのもねぇ。」
直家
「お疑いのようであれば、我が子、八郎を人質として差し出すが?」
彦右衛門
「ふむ、では人質が当方に来たる後、本丸にてお会い致そう。」
こうして、直家の子、八郎が彦右衛門の元へ送られ、彦右衛門勢は本丸に入城した。

現在は石鉄神社が建っている(写真の建物がそう)。
章之進
「いや〜、来たはいいけど、しけた城ですね〜。」
直家
「う、うるしゃい!誰のせいでこんなところで……ぶつぶつ。」
彦右衛門
「で、降伏するのじゃな?」
直家
「そ、それはもちろんのことにござる。」
(ふん、いずれ隙を見て……。)
彦右衛門
「隙を見てなぞと考えおれば、そちとそちの息子、容赦なく討ち撮ってくれるぞ!」
直家
ギクッ!!
「そんな滅相もない。これからは良き相談相手として、義左衛門殿と同様にお役に立ち申しますぞ。」
彦右衛門
「よし、ではゆるりと城からの眺めを楽しませてもらうとするか。」

本丸から北を望む。平野部を左手に進めば、宇喜多直家飛躍の城、沼城がある。雑木に覆われて見えなかったが、取り払えば見えるであろう。

尾根伝いにハイキングコースがある。そこから新庄山城を見た写真。正面の山が新庄山城。
義左衛門
「おお、どうやら首尾よく降伏させたようじゃな。」
幸之助
「相変わらず、美味しいところは彦右衛門様に与えているように見えて、その実、楽をしまくりなんダニ。お、あれに見えるは、昔落とした乙子城ではないダニか?」
義左衛門
「その通りじゃ。備前南部の穀倉地帯と海上権益は、丸々頂いたということじゃのう。それに、気は許せぬが頼もしい味方も増えたようじゃし。」

ハイキングコースより南を望む。宇喜田直家が、浦上宗景から最初に拝領した乙子城が見える。直家は乙子城から、ここ新庄山城、そして沼城、岡山城へと居城を移し、乱世をのしあがっていった。

彦右衛門
「さてと、あれが新庄山城か。小城の上に、守りも大して固く無さそうじゃのう。」
義左衛門
「左様。直家め、最後の悪あがきといったところでございましょう。ここは1つ、周りを我が大軍で囲み、ジリジリと包囲を狭めて降伏させましょうぞ。」
幸之助
「あやつの悪知恵は、今後使いどころがあるかもしれないんダニ。」
俊丸
「彦右衛門様、付近の地図デブ。」
彦右衛門
「おお、デブのくせにいつもながらに素早い動き!どらどら……。」

彦右衛門
「こりゃまた、いつになくアバウトな地図で……。」
義左衛門
「どうやら尾根伝いに本丸へ詰め寄れそうですな。我が手の者に回り込ませますゆえ、彦右衛門殿は正面からジリジリと迫られよ。」
彦右衛門
「よし、参るぞ!」
一方、こちらは本丸。
宇喜多直家
「むう、留守を狙って備前を攻略するつもりが、なんたる速い動き。しかも、何時の間にやら斯様な大軍を率いるまでになっておる。」
宇喜田忠家
「兄上、ここは潔く……。」
直家
「いや、彦右衛門めは、これからも覇業を進める気であろう。ならば有能な部下は1人でも多く欲しいはず。本丸へ兵を引け!立て籠った上で、降伏交渉じゃ。」
義左衛門
「随分とご無沙汰でございましたな。」
彦右衛門
「うむ、なんだかんだでサボってしもうたのう。じゃが、まだまだしつこく細く長く続けていくぞ!」
ドシドシドシ、ドシーン!
俊丸
「彦右衛門様!」
彦右衛門
「ふおお、相変わらずのおデブぶり!で、何じゃいな?」
俊丸
「備前の宇喜田直家めが、またもや不穏な動き!新庄山城にて兵を集めおるようデブ!」
義左衛門
「備前は、しばらく留守にしましたからのう。丁度良い機会にござる。ここで直家を完全撃破致しましょうぞ!」
彦右衛門
「我が軍の兵力は1万5千を優に超えた。直家なぞはものの数ではないわ!すぐに出陣じゃ!」
彦右衛門
「さて、茶臼山城の攻略はなったが、北の吉井川の川向こうで、しきりにこちらを伺っておるような城があるのう。」
俊丸
「鷲山城にござるデブ。城将は保志賀藤内と申す者。家臣共々、立て篭りおる様子デブ。」
章之進
「あの程度の小城なれば、攻め撮りは容易いかと。」
俊丸
「いや、鷲山は険阻な地にて、一筋縄では落ちぬのではないかと思いまするデブ。」
彦右衛門
「よし、ならば城を取り囲んで、持久戦に持ち込むのじゃ。敵は小勢じゃ。疲れたところで、一気に攻め撮ることと致す!」
保志賀藤内
「攻め寄せて来たか。しかし、凄い大軍じゃのう。いつの間にこのような力を付けたのじゃ。む、遠巻きにする気か!」
こうして、幾日かが過ぎた。夜も篝火を焚いて気勢を上げる彦右衛門軍に、城兵は神経戦を強いられた。
義左衛門
「そろそろでござるぞ。援軍も来る気配はなし。城兵も衰弱しておりましょう。一気に攻め撮りに参りましょう!」
彦右衛門
「よし、全軍攻撃開始!」
疲れ果てていた所に、兵を入れ替えての大軍の攻撃を受けては、鷲山城は持ちこたえることはできなかった。保志賀藤内を始めとする配下の者達は、次々と討ち撮られ、ここに鷲山城も落城した。


彦右衛門
「よし、勝鬨を上げよ!」
彦右衛門勢
「エイエイオー!」
<鷲山城>
茶臼山城の北、吉井川を挟んで川向こうにある飯岡(ゆうか)の地の鷲山に築かれた山城である。
茶臼山城を落とした宇喜田軍は続いて、この鷲山城の攻撃に取りかかった。しかし、険阻な地に築かれていたため、容易に攻撃する事もできず、遠巻きにして攻撃の機会を窺うこととなった。
結局、援軍もなく、疲れ果てた城兵は宇喜田軍の攻撃を耐え凌ぐことはできず、城主・保志賀藤内の家臣・秋山重左衛門、鮎矢又七、大澤重左衛門ら17人が城を枕に討死。保志賀藤内も自害し落城の憂き目を見る事となった。
宇喜田軍はこの城を焼き払い、美作攻略を目指しさらに北上を続けることとなった。
章之進
「ところで、彦右衛門様、今回城の様子が分からないんすけど……。」
彦右衛門
「それはね、前の二つの城で時間が無くなって、こっちまでは登れなかったからなの………。」
章之進
「は、よく聞こえませんが?」
彦右衛門
「うるへぇ!登る時間が無かったの!」
俊丸
「ここぞとばかりに責め立てておるデブ。さすが弱い立場の者には、鬼のように強いデブ。」
義左衛門
「やれやれ………。」






