日本の城  日本の城
日本の城を写真にて攻め撮るのでござる。おかしな物語と共にいざゆかん戦国無双の城撮り名人の道!
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日本の城を攻め撮れ!ー城撮り物語ー

彦右衛門
「無事、能島城も攻め撮ったことだし、福山城に帰るとするかのう。」


章之進
撮り忘れた伏見櫓も攻め撮らないとねぇ。」


彦右衛門
「ふん、抜かりはないわ。おら!見ろ、見ろ、見ろ!きちんと撮ってきてやったわい!!」


伏見櫓

伏見櫓を外郭から望む


伏見櫓中から

伏見櫓を本丸から望む


義左衛門
「確かに、美しい櫓でございますな。」


彦右衛門
「そうであろう。ついでに、月見櫓と湯殿櫓も撮ってきたぞ。」


月見櫓

月見櫓を外郭から望む


湯殿櫓外から

湯殿櫓を外郭から望む


湯殿櫓

湯殿櫓を本丸から望む


章之進
「さあ、目出たく遊びに使えそうな櫓がそろったので、当分休養致しますかのう。村上水軍の海上交易権が入り、我が軍の財政もうるおったことですし。」


彦右衛門
「また無駄遣いをしようって腹だな。借金地獄なのじゃから、絶対ダメ!」


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日本の城を攻め撮れ!ー城撮り物語ー

彦右衛門
「よし、本丸は制圧したな!」


本丸史料館

水軍資料館

 大塔宮令旨、村上家相伝の腹巻、伝来文書、安宅船の模型などを展示している。水軍の歴史についても知ることができる。玄関には兜と陣羽織が置いてあり、試着が可能。記念に是非、試着しておいて頂きたい。受付のおばちゃんの目の前なので、試着にはそれなりの勇気が必要である。


人形部屋

 水軍資料館の横にある建物で、中には軍議をする村上水軍の人形が展示してある。真新しい畳の匂いがする展示室で、当時の様子を知ることができる。


水軍城近景

水軍城遠景

 因島水軍城本丸の全景。背後の山が片刈山城跡である。登山道もついてないようだったので行ってないが、薮こぎをして登ってみるのも一興かもしれない。


義左衛門
「まずは因島を落としましたな。」


彦右衛門
「勝鬨じゃ!」


彦右衛門勢
「エイエイオー!」





<因島水軍城>


 昭和58年12月1日に築城された全国でただ1つの水軍城である。歴史家・奈良本辰也氏の監修により再現された。


 村上水軍には、因島、能島、来島の三家があり、室町・戦国時代を通して、数百年にわたって瀬戸内海の制海権を掌握し、合戦の他、遣明船の警護も行っていた。


 因島村上家は中世、11万4千5百石を領有。交易による莫大な富を握っており、実質40万石相当の海の大名であった。


 毛利元就と陶晴賢が戦った弘治元年(1555)の厳島の合戦において、因島村上水軍は毛利氏に加勢したことが確実視されている。本州に最も近い因島村上家は、中国地方の情勢を巧みに読み取り最も早く毛利家に近づいたのであろう。因みに、能島村上水軍の村上武吉はこの時の動静が明確ではない。


 1543年に種子島に鉄砲が伝わると、因島水軍でも早速これを入手。因島の西隣にある生口島垂水で桑原家に作製させ、田坂槍之介義英が試射に成功し量産化。その5年後には中国へ輸出するまでになっていた。


 また、因島村上水軍には因島鉄砲組と呼ばれる鉄砲隊が存在した。上記、田坂義英に加えて、岩本一角、島居祐宗(しまずいすけむね)、世良田貞房の4人を中心とする4部隊を鉄砲隊として組織していたようである。


 鉄砲の装備や集団運用は織田信長に限ったことではない。各地との交易が頻繁に行われていたことや、水上戦での飛道具の重要性からすれば、水軍の方がより早く鉄砲の有効性に気付き取り入れていたのではないだろうか。


 実際、沿岸部に本拠を持ち水軍を擁する雑賀衆もいち早く鉄砲を装備し、集団運用していたのであり、信長は彼らに本願寺攻めの時に散々な目に遭わされている。信長の鉄砲運用は、実際の戦闘で彼らに学んだ部分の方が多かったものと思われる。


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日本の城を攻め撮れ!ー城撮り物語ー

彦右衛門
「それ、一気に上陸して攻め込むのじゃ!」


幸之助
「水の手を取るダニ!」


井戸跡

片刈山城井戸跡

 片刈山城とは、因島水軍城の建てられている一帯にあった山城のこと。この井戸跡の左手に水軍出陣祈願所となっていた成願寺がある。また右手には長福寺、この奥の水軍城二の丸近辺には金蓮寺がある。金蓮寺の奥には因島村上水軍の墓地がある。


因島水軍墓地

因島水軍墓地


地図

昔の因島の図

 因島水軍城の手前まで海水が入ってきて入り江となっていたことが分かる。風雨を避けるには丁度よい良質の港であったといえよう。因島には多くの山があり、山城も数多く築かれている。





水軍城下から

因島水軍城を二の丸付近から望む。

 植木が「まるじょう 水軍」と刈り込まれている。まるじょうは、村上水軍の旗印である。上に見えているのが隅櫓。


彦右衛門
「見えたぞ!水軍城じゃ!」


義左衛門
「攻め手を緩めず一気に駆け上がれ!」


村上吉充
「い、いかん!持ちこたえられんぞ。悔しいが、ここは能島に逃れ村上武吉と合流致す!急ぎ落ち延びるのじゃ!」


幸之助
「それ!門を壊すダニ!」


門


章之進
「敵は引いたぞ!なだれ込め!」


隅櫓

隅櫓城内から

 隅櫓。地下は倉庫、1階は資料展示室、2階は展望台となっている。資料は大昔の船から現代の船までの移り変わりが分かる模型。なんと最後には将来の船として、「宇宙戦艦ヤマト」の模型が展示されている。


彦右衛門
「おお、俊丸!大丈夫か?」


俊丸
「お、遅かったデブ。もう腹が減って死にそうだったデブよ!」


義左衛門
「すまぬ。こちらも危うくやられる所であったのじゃ。」


幸之助
「ともかく無事でよかったダニ。」


章之進
「ダイエットには丁度よかったではないか。」


彦右衛門
「よし、本丸内を制圧するのじゃ!」


彦右衛門勢
「おおーーー!」


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日本の城を攻め撮れ!ー城撮り物語ー

 危機に陥った彦右衛門勢を助けに来たのは、馬鹿でかい船に乗った十枡だった。逃げて来る彦右衛門勢の小舟を吸収しつつ、十枡の大艦隊はゆっくりと戦場に進んできた。


彦右衛門
「な、な、な、何じゃこりゃ~!(松田優作風に)」


章之進
「げぇ、何て馬鹿でかい船!」


幸之助
「化け物ダニ!」


大和前

男たちの大和」のロケセット


十枡
「くろ~ずゆああ~いず、瞳を閉じれ~ば~♪フンフンフンフン~♪(長渕剛の真似をしながら)」


章之進
「残りの歌詞知らんのか~い!」


十枡
「ようやく完成したんだナ。ささっ、彦右衛門様こちらへ。御家来衆も上がってくるんだナ。」


彦右衛門
「あの~、助けに来てくれたのは嬉しいんすけど、この船は一体?」


十枡
「な、なんて質問なんだナ!ここは日本!日本の軍艦と言えば『大和』しかないんだナ!」


彦右衛門
「いや、あの、そういう意味ではなくて、ここは戦国時代で……。」


十枡
「さあ、村上水軍を蹴散らすんだナ!主砲46センチ砲発射準備!」


46砲

主砲の46センチ砲。最大射程は42キロを誇る。


彦右衛門
「あの~、だからここは戦国で………。」


砲術長
「主砲発射準備よ~し!」


十枡
「全艦隊10時方向へ転舵、主砲発射の後、全砲門一斉射撃!目標、2時の方向村上水軍!但し、船には当てず、ビビらせて退却させるんだナ!」


操舵士
「ヨ~ソロ~!」


彦右衛門
「いや、あの~、だからここは戦国でこの船はちょっと……。」


十枡
「発射なんだナ!」


砲術長
「発射!」



 チュド~ン、ドン、ドン!



 ヒュルルルル、ドッポーン、ドッポーン!!



水兵
「今じゃ!てぇー!」


高角砲群

測距儀

高角砲

側面高角砲群


 ダダダダダダダダ!!


 ピュンピュンピュンピュン!!


村上吉充
「ぬおおおお!何たる巨大な船!しかも、あの大筒はなんじゃ!見たこともないぞ!」


田坂義英
「兵が怖じ気づいておりまするぞ!」


村上吉充
「くそっ!一旦、因島に退却じゃ!能島の村上武吉に援軍要請の早船を出せ!彦右衛門めの水軍を侮っておったわ!」


十枡
「退却していくんだナ!すぐに追い打ちをかけて一気に攻め撮ろうヨ!」


章之進
「よし、さすが十枡じゃ。拙者は最初から信じておったぞ!」


幸之助
「なんて身代わりの早さなんダニ。あきれてモノも言えんダニ。」


義左衛門
「まあまあ、そんなことよりこの好機を逃してはなりませぬ。このまま因島へ攻め入りましょう!」


彦右衛門
「よし、全軍進め!」


 こうして十枡の援軍により、水上戦において村上水軍を蹴散らした彦右衛門軍は、因島へと駒を進めたのであった………続く。




大和


 大日本帝国海軍の誇った超弩級戦艦。弩とはイギリスの戦艦・ドレッドノートのことで、その基準を超える巨大戦艦を超弩級と呼ぶ。規模は以下の通り。


 基準排水量  65000トン

 全長     263メートル

 全幅     38・9メートル

 最大速力   27・46ノット

 乗員     3300名


 当時の最新技術を駆使して建造され、その技術は戦後日本の造船技術を影で支えたともいえる。主砲の46センチ砲は、全長1・98メートル、重量1・46トンの砲弾を最大射程42キロまで飛ばすことができた。


 しかし、戦争は既に航空機の時代に突入しており、大和も時代遅れの大艦巨砲主義の象徴となってしまった。実際、大した戦歴もないまま1945年4月7日、菊水作戦により沖縄に特攻を命じられる。その途上、鹿児島県坊ノ岬沖にて米軍航空隊386機の波状攻撃を受け大爆発し、乗員2498名と共に沈没。生存者は僅か276名。


 その様子を描いた、映画「男たちの大和」では監督の意向で、実物大のロケセットが広島県尾道市の向島、旧日立造船所跡地に造られた。


 残念ながら艦橋と船体の一部はないが、行った人にはその巨大さが実感できたであろう。現在は公開も終わっている。広島県呉市の大和ミュージアムに行けば、海に向かって細長い公園があり、そこで大和の前方左半分の大きさが分かるようになっている。


 非常に美しい軍艦であり、その悲劇的な最期と相俟って、全然役に立ってないにも関わらず(役に立たなかったから?)、現在でも人気が高い戦艦である。イギリスの知人に大和の絵はがきを送ったら、「Fine ship」だと言ってもらえた。日本的なるモノの美を認めてもらえたようで、ちょっと嬉しかった。


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尾道

向島

尾道西側

 尾道から瀬戸内海を望む。向かい側の島が向島である(名前のまんまだな……)。上段にはしまなみ海道の橋が見える。下段の真ん中の建物は、安藤忠雄さん設計の美術館である。こちらから見るとモダンな外観であるが、瀬戸内海側から見ると瓦葺きの古い建物が並ぶ尾道の風景に溶け込んでいる。尾道の景色を損なわなず、それでいて現代的な要素も盛り込んだ素晴らしい設計といえよう。


彦右衛門
「一気に海を押し渡って攻め撮れ!」


村上吉充
「ふん、ノコノコ出てきおったわ!合図の狼煙を上げよ!太鼓を打ち鳴らして一気に出よ!」


 ドンドンドンドン!


章之進
「あれ?なんか一杯船が出て来ましたよ!大きいのから小さいのから!」


義左衛門
「む、しまった!どうやら先に動きを嗅ぎ付けられていた様子!」


幸之助
「あの大きいのが安宅船、中くらいのが関船、小さいのが小早船なんダニ。一糸乱れぬ陣形で押し出してくるダニ。」


田坂義英
「ふん、あの程度の船団で村上水軍を攻めようなど、片腹痛いわ。まずは因島村上水軍の誇る鉄砲隊の威力、とくと味わえ!」


岩本一角
「鉄砲隊、構え~い!」


島居祐宗(しまずいすけむね)
「まだじゃ、まだじゃ!よ~く引きつけよ!」


世良田貞房
「よし、今じゃ!射ちやれッ!!」


 ズダダダ!ダ、ダーン!!


 ヒュンヒュン、ガシッ!メキィッ!


章之進
「うおおおお、危ねぇ!身を伏せよ!狙い撃ちされるぞ!ああッ!幸之助の『抜け毛の原因は頭皮にある!東急ハンズでNO1.ドクターズシャンプー 』の旗が吹っ飛んどるッ!」


幸之助
「あああ、旗が旗がぁ!毛が、毛がぁ……。」


幸之助の家来
「ご心配めさるな。こういうこともあろうかと、もう1つ旗を持って来てござるのをお忘れか?」


幸之助
「おお、そうだったダニ!すぐに新しい旗を立てるダニ!」


 サンスターの薬用育毛剤


章之進
「………次から次へと試しておるようじゃのう。」


村上吉充
「ふふ、旗が変わったくらいで旗色までは変えられんぞ!それ、次は小早じゃ!焙烙火矢をお見舞いしてやれい!」


義左衛門
「む、いかん!あれは村上水軍の誇る強力な兵器!一種の火炎壜にて、投げつけられれば船が焼かれまする!」


彦右衛門
「まずいな!一旦引け引け!」


村上吉充
「ふん、逃がすか!小早と関船は廻り込め!」


章之進
「うっきゃー!囲まれるぅ、焼かれるぅ!」


 彦右衛門勢危うしと見えた瞬間、巨大な黒い影が近づいて来た。その背後にも雲霞のごとき船団が控えていた………続く。


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