日本の城  日本の城
日本の城を写真にて攻め撮るのでござる。おかしな物語と共にいざゆかん戦国無双の城撮り名人の道!
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日本の城を攻め撮れ!ー城撮り物語ー

章之進
「彦右衛門様!新たな同盟申請の使者が参りましたぞ!」


彦右衛門
「ほっほう、で、今回はどなたかな?」


義左衛門
歴史の雑学・逸話集のブログを統治なされておるクーア殿でござりまする。」


彦右衛門
「ふむ、題字のまま、歴史上の雑学を学べる城(サイト)なのじゃな。」


義左衛門
「はい、そのようにござりまする。ただ、現在は城を立ち上げたばかりにて、突貫工事で建設を進めおる最中のようにござりまする。」


彦右衛門
「それはお忙しいことであろう。して、その内容の主なものは?」


幸之助
「『ホワイトハウスはなぜ白い』とか、『獅子心王』といった部屋(記事)がござるダニ。他にも『項羽』や『韓信』といった中国の英傑も取り上げられておるご様子なんダニ。」


彦右衛門
「幅広く構える予定なのじゃな。それでは小田原城などと同じ総構の城というわけか。」


俊丸
「さっき偵察から帰ったばかりデブが、我らの城と同じく相互同盟相手を募集しておったデブ。」


彦右衛門
「ふんふん、なれば歴史同盟を探しておられる方には、お勧めの城といえるであろうな。」


義左衛門
「ともあれ、これで4人目の頼もしき同盟相手にござりまするな。」


彦右衛門
「うむ、これからも末永く同盟して栄えたいものじゃのう。」


一同
「宜しくお願い申し上げ奉りまする!」


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日本の城を攻め撮れ!ー城撮り物語ー

<三星城>


 三星城(みつぼしじょう)の歴史は、応保年間(1161~1163)に平家に属する渡辺長寛が居館を構えたことに始まる。


 14世紀中頃には、南北朝動乱の最中にこの地に地頭職を与えられた後藤氏が城主となった。


 やがて、北朝方の足利幕府は将軍尊氏と弟の直義が対立し、観応の擾乱が始まる。この争いは2代将軍義詮(よしあきら)と直冬(ただふゆ)(尊氏の庶子で直義の養子)に引き継がれ、直冬は南朝方に帰順する。


 後藤氏は美作守護で将軍方の赤松氏についていたが、康安元年(1361)、直冬に属していた山陰の山名時氏が美作に侵攻するに及び山名氏に降った。


 この後、明徳2年(1391)、明徳の乱で山名氏清が失脚し備前守護に赤松氏が復帰すると、後藤氏は赤松氏に服属することになる。


 さらに時代は下って嘉吉元年(1441)、嘉吉の変で赤松氏が没落し山名氏が美作守護になると、後藤氏はまたしても山名氏に服属することになった。


 応仁の乱が始まると、今度は一転、赤松氏について細川勝元の東軍に属し、西軍の総帥山名宗全に敵対する。


 応仁の乱の後は、美作守護に返り咲いた赤松氏の勢力下にいたが、赤松政村が家臣の浦上村宗に殺されると、後藤氏は浦上氏に服属した。


 こうして諸勢力の間を転々とした後、浦上氏の下で勢力拡大を図るが、やがて美作には出雲の尼子氏の勢力が浸透し始め、後藤氏もその傘下に入る。


 しかし、尼子氏も毛利氏の為に力が衰え始めたので、後藤勝基は浦上宗景と結んで梶並川を挟んで三星城の対岸にある林野城を攻めた。この戦いは城方の反撃を喰らって失敗に終わるが、尼子の武将、川副久盛(かわぞえひさもり)が出雲に引き揚げたので、林野城は後藤・浦上連合軍の手に落ちた。


 この頃に後藤勝基は、浦上家で頭角を現していた宇喜多直家の娘を妻に娶ることとなった。浦上宗景の命令によるものであった。


 やがて美作に毛利氏の勢力が及び、永禄8年(1565)5月、毛利氏を後盾とする備中松山城の三村家親に三星城を攻められるが、勝基は天然の要害を利してよく守り抜き、三村勢の攻勢を防ぎきった。


 この時、後藤勝基は宇喜田直家の娘を嫁に迎えていたので、宇喜田方の猛将・馬場職家が三星城に加勢に来て、三村方の兵を相手に大暴れし、功名を立てている。


 また、三村方と後藤方の間で、次のような狂歌の応酬も行われたという。まず三村方から次の矢文が射ち込まれた。


 井楼(せいろう)を上げて攻めるぞ三星を天神そへて周匝(すさい)くひ物


 天神とは浦上宗景の居城、天神山城のことであり、周匝(すさい)とは茶臼山城のことである。


 これに対して、城方も次の矢文を返した。


 天神の祈りのつよき三星をなりはすまひぞ家ちかにおれ


 このような狂歌の応酬があり、戦況が膠着状態となる中、三村家親は力攻めをすることなく備中に引き揚げていった。


 こうして勝田、英田郡を制し美作東部を支配下に置いた後藤勝基であるが、自分の舅である宇喜田直家が下克上により浦上宗景を滅ぼし、美作進出を目論むに及んで両者の仲は険悪となる。


 この状況下、宇喜田勢は延原弾正景能、花房職之を大将として1万余の軍勢を進発。美作諸城を次々と攻略し、天正7年(1579)4月に三星城の攻略を開始した。


 城方は500人余り(城の案内板には6千騎とされているが、あまりにも多すぎよう。恐らく、宇喜田直家による美作東部攻略戦当初の美作東部諸軍の総軍勢だと思われる。)が籠城し各曲輪をよく守ったが、宇喜田方の調略の手が伸び、寝返りが出て誅殺が行われるなどして徐々に力を奪われた。 このあらましは物語にある通りである。


 結局、三星城は宇喜田方の忍びが放ったものと思われる火で、城の所々の陣屋が燃え上がり、同時に攻め寄せた大軍に衆寡敵せず、落城の憂き目をみることとなった。


 後藤勝基は城の一方を破って脱出したが、追手が厳しく、逃げる途中で自害した。『美作太平記』によれば長内村の大庵寺、『備前軍記』によると長内村の隠れ坂という場所であったという。享年42歳。 それは美作東部を支配していた後藤氏の滅亡の瞬間でもあった。


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日本の城を攻め撮れ!ー城撮り物語ー

 一方こちらは本丸の俊丸忍者隊


俊丸
「さぁてと、火の回りがかなり早いデブ。我が忍者部隊でさっさと本丸回りを攻め撮っておくデブ!」


本丸

本丸曲輪跡

 木が鬱蒼と茂っている。南側(写真右)にも曲輪跡があり、その東側の斜面に竪堀も見ることができる。写真に撮ってはみたものの、普通の薮にしか見えないので(え、この本丸跡もか?)カット(笑)。


俊丸
「続いて西の二の丸デブ!かかれ、かかれ!!」


二の丸を展望台から望む

西の丸の東にある展望広場から二の丸を望む

 坂は強烈に急である。這うようにして登ると二の丸にたどり着く。高所恐怖症の人にはお勧めしない。


 本来は、本丸か三の丸から尾根伝いに行くべきなのであろう。でも、登って下さいと言わんばかりに木が伐ってあるので、思わず登ってしまった(笑)。


 周囲の木を伐ってあるので、頂上は見晴らしがとてもよい。三星城の戦略的価値が一目で分かるであろう。


 山に登らずに左手に進めば井戸があり、さらに進めば本丸に到る。井戸については、後述する。


西の丸を守る後藤方の兵
「おお、二の丸にも火の手が上がっておるぞ!」


「二の丸も落ちたか!」


「これはもう持たんぞ。」


俊丸
「ふふふ、後藤の兵め、大慌てデブ!お、彦右衛門様の本隊も西の丸攻撃に取りかかられたようデブ。」


二の丸から

二の丸から北方向の眼下を望む


俊丸
「よし、我が隊は続けて三の丸攻略に向かうデブ!下と上から西の丸を挟み撃ちにするデブよ!別働隊を井戸にも差し向けるデブ!」


忍者
「ははっ!すぐにかかりましょう!」


 シュタタタタ!


井戸

三星城井戸

 山の中腹に残る井戸。地元の人の話では、どんなカンカン照りの日が続いても涸れたことがないそうである。また、どんなに曇っても、井戸にはいつも3つの星が綺麗に映るというので、この山が『三星山』と呼ばれるようになったそうである。


 地元の人が昔、水を汲み出したところ、刀の鞘やかんざしが出て来たとか。後藤一族のものだったのであろう。


 昔はこの辺りに洞窟もあって、それは落城時の緊急脱出口だったとの言い伝えがあったそうである。現在はふさいでしまったのか、そういうものは見当たらない。


俊丸別働隊の忍者
「よし、井戸は押さえた!すぐに本隊に合流するのじゃ!」


三の丸

二の丸から三の丸を望む


 俊丸忍者部隊の攻撃により、守備兵も殆どいなかった三の丸もあっけなく落ちた。


俊丸
「よし、西の丸へ攻め下るデブ!」


西の丸への道

展望広場から西の丸を望む

 奥の林が西の丸跡である。左手には登り土塁があり、膝くらいの高さの土塁が西の丸方向に向かって伸びている。そのすぐ右には、小曲輪跡が無数にある。西の丸跡も今後整備される……ことを期待したい。


義左衛門
「おお、俊丸が遂に西の丸へ来ましたぞ!」


彦右衛門
「よし、城方の抵抗もここまでじゃな。最終兵器を出すぞ!」


「俊丸、米蔵の糧食は全部お前に与えるから、一気に攻め撮れ!」


俊丸
「で、で、で、で~んぶ!?うおおおお!!」


城兵
「くうう、先程からの戦いで身体が動かぬ。最早これまでか!」


 彦右衛門勢の絶え間ない攻撃に疲れ果てていた西の丸守備隊は、更なる攻撃に耐えられず次々と討ち撮られていった。最後に残った兵達も、燃えさかる火の中に飛び込み次々と自撮していった。


彦右衛門
「三星城、遂に攻め撮ったり!」






 一方、城主の後藤勝基は28人の家臣と共に、囲みを破って落ち延びようとしていた。しかし、これを目ざとく見つけた者がいた。


章之進
「おお、あれに見えるは後藤勝基!最早、手負いの弱兵じゃ!逃がさずに討ち撮れ!」


章之進の兵
「おお、またもや美味しい!やりまっせ~!」


 章之進隊の追撃は厳しく、勝基の家臣は次々と討ち撮られていき、勝基一人が残るのみとなった。


後藤勝基
「最早これまでか。潔う自撮致す故、良く見届けよ!」


章之進
「そういうことなら、はい。タイマーは10秒後に合わせてあるから、よろぴく。」


後藤勝基
「かたじけない。では見届けよ!」


 ジー、パシャ!


章之進
「御見事な最期でござった。これ、この写真を彦右衛門様に届けよ。」


章之進隊の侍
「ははっ!直ちに!」


 こうして後藤勝基を撮り除いた彦右衛門は、美作東部を完全に支配下においたのであった。


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彦右衛門
「さて、章之進のお陰でえらいこと話が脱線してしもうたが、三星城は美作東部の要衝にて正攻法では抜けぬ。」


義左衛門
「その通りにござりまする。そこで、策を考え申した。俊丸に城の一番東側にある本丸へ忍び込んでもらい、火をつけさせるのです。我が軍はその時にできた敵の虚をついて、一気に滝川を渡河し攻め撮るのです。」


彦右衛門
「警戒も厳しかろうが大丈夫かのう。」


三星城地図


俊丸
「この前忍び込んだ時に持って帰った地図デブ。本丸は東(右)と南(上)に断崖を抱き、北(下)と西(左)は他の曲輪に守られておるデブ。その上、我が軍が城の北に流れる滝川の向こう岸に布陣致せば、敵の注意は北に向かうデブ。当然、主力も北側正面に集中致し、山頂の各曲輪は手薄になるデブ。」


彦右衛門
「となると、身重なのに身軽なお主は簡単に忍び込んで得意の放火ができると……。」


俊丸
「今までのは失火で、放火ではないデブ!しかし、風の強い日を見計らって火を放てば、あっという間に各曲輪に燃え広がるは必定デブ。」


彦右衛門
「よし、では全軍出陣じゃ!俊丸は頃合いを見計らって火を放て!我が軍はそれに呼応して、攻め寄せることと致す!」


 こうして、彦右衛門軍の3度目の攻略が開始された。






三星城を北から望む


彦右衛門
「さてと、相変わらず士気が高いようじゃのう。俊丸はまだ火を放たんか?」


章之進
「ん?おお、彦右衛門様!本丸に火の手が上がりましたぞ!」


彦右衛門
「よし、今じゃ!全軍突撃を開始致せ!!」


幸之助
「突撃ダニ!一気に攻め撮るダニ!」


 背後の本丸に火の手が挙がり、虚を突かれた三星城の兵達は、城を捨て退却を始める者も続出した。その中に、柳澤太郎兵衛と難波利介の姿もあった。


章之進
「お、あそこに寝返りを拒否した者が逃げて行くぞ!追え追え!」


 難波利介は逃げおおせたが、柳澤太郎兵衛は逃げる途中で章之進隊に囲まれてしまった。


章之進
「さっさと寝返っておればよかったものを!御写真頂戴致す!」


パシャッ!


柳澤太郎兵衛
「む、無念じゃ………。」


章之進
「柳澤太郎兵衛、討ち撮ったりぃ!」






 一方、彦右衛門の本隊は城への攻撃を続けていた。


彦右衛門
「よし、あらかたの敵兵は片付いたな。これより城に攻め入るぞ!かかれ!」


米蔵跡

米蔵跡


俊丸
「ああ、米蔵を落としているデブ。食糧が食糧が……。」


御殿跡

三星城の山麓にある居館跡

 この奥に忠魂碑があり、その隣には後藤勝基の墓と伝わる五輪塔がある。右手に至れば七曲りと呼ばれる西の丸への通路がある。左手には新しく造られた道がある。


墓

後藤勝基の墓


彦右衛門
「居館の兵は、既に中腹の西の丸に逃げ失せたか!すぐに攻め上るのじゃ!」


新しい道

西の丸へ到る新しく造成された道

 この道ができたお陰で、登山がかなり楽になっている。七曲りからの登山はこんないい道ではない。


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彦右衛門
「さてさて、いかが致したものかのう。なかなかに手強き奴らじゃぞ。」


章之進
「ふっふ~ん、こうなったら拙者の出番にござるのう。」


義左衛門
「おお、何か良い策でも思いついたのか!」


章之進
「実は、美作岩屋城攻略の折に、近くで接収したカラクリ最終兵器がござってな。やっと完成して、お目見えできる次第となり申した。どうぞこちらへ来て見て下され!」


 一同が陣屋から出てみると、そこには巨大な箱があった。


章之進
「ジャカジャ~ン!開けよ!」


一同
「うおおおおおおっ!何じゃこれは!!」


ゼータ


ゼータ左


ゼータ右


章之進
「むっふっふ、これぞ我が秘伝のカラクリ攻城兵器、その名もゼータガンダムにござりまする!」


彦右衛門
「ほっほう、これはこれは、いつぞやは小さなモデルを作ることしかできんと、馬鹿にしてしもうたが、かほどに大きいものを作るとは思うてもみなんだ。」


義左衛門
「しかし、でかいのう……。こんなものが攻めて来たら城方も慌てるに違いない。」


幸之助
「どら、動かしてみるんダニ!」


章之進
「へ?これは動きまへんよ。」


彦右衛門
「は?動かない?」


俊丸
「それではどうやって攻めるデブか?」


章之進
「いや、城の前まで持っていったらビビるかなと……。あ、そうそう、傷つけられるのは嫌なんで、近くには持っていかんで下さいね。」


幸之助
「ちょっと待つダニ。武器は飛び道具を持っているダニか?」


章之進
 鼻くそほじほ~じ


「いや、なぁ~んにも持ってないよぅ。だから遠くからビビらせるのよ。後、こんなのが後ろにあると、味方も心強いっしょ?」


一同
「つ、使えねぇ~!」


章之進
「な、なんですとぅ!この素晴らしい逸品を使えないと!!」


一同
「当たり前じゃろが~い!」


章之進
「むむう、ゼータだけにゼータクな兵器になってしもうたかぁ!!」


一同
「ささっ、無視して攻め撮りの準備を致そうぞ!」


章之進隊の侍
「章之進様、えらい苦労して運んできたのに、全く無駄足でしたのう。」


章之進
「まあよいわ。我が隊も出陣の準備を致せ。ゼータガンダムは、これからも我が隊の守り神として戦場に持っていくぞ!」


章之進勢
「ええ~~~!?」


章之進
「うむ、皆も満足のようじゃな!」


章之進隊の侍
「明らかに不満顔なんすけど………。」






<久米の里 ゼータガンダム


 岡山県津山市の西、国道181号線沿いにある『道の駅・久米の里』にドカンと存在するこのゼータガンダムは、久米町宮部下在住の中元正一氏が、独力で7年の歳月をかけて設計・製造したものである。(章之進が作ったわけではない。あしからず。)


 美作岩屋城は、この181号線を久米の里から西に進んだ所にある。


 機体は鋼製の内部骨格、外装は繊維強化プラスチックを使用し、脚部には油圧シリンダーを組み込んでいる。


 コクピット内には人が乗り込み操作できるように、二足歩行型有人汎用機械として作られている。


 が、しかし、当然のごとく今のところは動かす事はできず、天井から吊り下げられた格好となっている。早く動き出す日が待ち遠しい。


 因みに、ガンダムファンならばザクをまず思い浮かべるところであるが、ザクは丸い部分が多く、加工が難しい。その為、ガンダムの中でも最も均整の取れた美しいゼータガンダムを選択されたようである。


 やはり恐るべし、ジオンのモビルスーツ製作技術!ジークジオン!!


 ところで、ゼータガンダムの形式番号は、MSZー006である。RXではない。MSはジオンのモビルスーツに付けられる形式番号であり、この点でジオンに近いガンダムと言うこともできよう。


 全高 7・0メートル

 全幅 3・5メートル

 重量 2トン

 乗員 1名


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 遅れて彦右衛門本隊が湯郷に到着した。


章之進
「物の見事にやられてしまい申した。面目次第もござりませぬ。」


幸之助
「伏兵を置いて待ち構えていたダニ。背後から攻められ、危うく首を取られるところだったダニ。」


彦右衛門
「それは難儀な事であったのう。しかし、馬場がいないとはいえ、守りを固められてはかなりの損害を被るのう。」


義左衛門
「城内の様子を聞き、作戦を練らねばなりますまい。湯郷の長光寺の住職をお呼び下され。かの僧侶なら、城方の侍のことも詳しいはず。」


彦右衛門
「よし、すぐにお呼び致せ。」


章之進
「ははッ!」


 こうして、長光寺の住職が呼び出された。


彦右衛門
「今度は急な呼び出し、真に相済まぬ。」


住職
「して、ご用件は何でござりましょうや?愚僧に出来る事がござりましょうか?」


彦右衛門
「うむ、三星城の内部のことを聞きたいのじゃ。彼の城は要害堅固の山城にて、大軍で囲んでもちっとやそっとでは落城致さぬ。何かよい手だてはないかと思うてのう。」


住職
「ならばまずは乱暴狼藉を戒める制札を下さりませ。湯郷村の村人を安心させてやりとうござりまする。」


彦右衛門
「制札の件は了解した。すぐに家中の侍に持たせよう。」


住職
「では、愚僧の意見を申し上げましょう。三星城には、安藤相馬、難波利介、柳澤太郎兵衛という剛の者がおりまする。この者達を計略を持って御味方に付けることができますれば、城の攻略などたやすき事でございましょう。」


義左衛門
「剛の者がおるのは分かったが、彼らが簡単になびくかな?住職が間を取り持ってくれるのでござろうか?」


住職
「かねて懇意に致しておる者共なれば、愚僧が説得致して参りましょうぞ。」


彦右衛門
「それは話が早い。早速、使いに行って、寝返れば恩賞は望みのままに致すと申しておったと伝えて下され。」


 こうして住職は三星城へ向かった。


彦右衛門
「うまくいくであろうか?」


義左衛門
「ふふっ、うまくいかずとも良いのです。城中に疑心暗鬼の種をまければ、内部から崩壊致しましょうぞ。」


章之進
「そういうことでございましたか。相変わらずの深謀遠慮っぷりですな。」


義左衛門
「俊丸はおるか?」


 バーン!


一同
「うおぅ、畳が跳ねとんだ!」


俊丸
「呼んだデブか?先程から軒下で寝ながら聞いていたデブよ!」


義左衛門
「それは良いが、登場の仕方をもっと考えんか!これより三星城に忍び込み、住職が入城したのを見計らって、寝返りを承知した者に謀反の兆しありとの噂を流すのじゃ!」


俊丸
「了解デブ!行ってくるデブ!」


 ドッシ~ン、スタタタタタ!






 一方、三星城では長光寺の住職が3人の侍の説得にあたっていた。3人のうち安藤相馬だけが承諾したが、難波利介と柳澤太郎兵衛は頑としてこれを拒んだ。


俊丸
「さてと、それでは安藤相馬の謀反の噂をばらまくデブ。」


 4、5日が経ち、安藤が変心したとの噂が、陰で囁かれるようになった。その為、城兵は互いに疑心暗鬼となり、城内の結束は弱まっていった。


後藤勝基
「近頃、不埒な噂が流れて、城内が落ち着かぬ。これでは彦右衛門めの大軍を相手に籠城することなどはかなわぬ。儂が潔う自撮して、城内の者共の命乞いを致そうと思うのじゃが。」



「情けないお言葉にございます。今、自撮なされたとて、真に無益の極みと申すもの。敵方に寝返るような者は、訊問して確かめた後、討ち取ればよろしいのです。のう、越後。」


女中の越後
「奥方様の申される通りにございます。私共に任せて頂ければ、裏切り者を討ち取り城内の兵の心を再び1つにしてみせましょう。」


 数日後、後藤勝基の妻は城内の主だった者を呼んで料理を振る舞うと称して、例の3人も城内の広間に呼び寄せた。城内の者が集まり、囲碁や歓談に興じている中、越後がそれとなく安藤に近づいた。


越後
「これは安藤様、ようこそおいで下さりました。ささ、こちらに奥方様より下された菓子がござります。どうぞ別室にて召し上がって下さりませ。」


 そう言われて、安藤は座を立ち別室に入った。そして、菓子に手をつけようとしたその刹那、後藤勝基の妻が抜き身の刀を引っ提げて近づき、一刀の元に安藤の首を斬り落としてしまった。



「ふん、おかしな事を考えた報いじゃ!わらわは、宇喜田直家の娘。父上は彦右衛門めに辛き目にあわされたようじゃが、わらわは決して負けはせぬ!」


越後
「御見事にござりました。」



「越後、この首を今宵のうちに城の大手門の外にさらしなさい。朝になれば寝返ろうとした者達も、心を入れ替えるであろう。」


 別室での出来事を知る者はなく、翌朝になって安藤の首が大手門の外にさらされているのを見た城兵は震え上がった。


三星城内の兵
「これは安藤様じゃ!」


「おう、謀反の兆しありと言われておったぞ!」


「こりゃぁ、おかしな真似はできんぞ!彦右衛門の兵を力を合わせて退けにゃあいけんのう!」


「その通りじゃ!」


「おい、また懲りずに攻め寄せてきおったぞ!城から討って出て追い払うんじゃ!」


「うおおおおお!」


三星大手門


三星城大手門付近

 鳥居は稲荷神社のもの。戦国時代、この付近で幾多の激戦が繰り広げられた。上に登っていくと米蔵跡や、屋敷跡がある。そこを通ってさらに登ると西の丸に至り、三の丸、二の丸、本丸へと達する。


彦右衛門
「むう、そろそろ頃合いかと思うて来てみれば、士気が上がっておるぞ!」


章之進
「先手の兵が崩されておりまする!」


義左衛門
「いかん、全軍が浮き足立ちまする!ここは無理をせず、一旦引きましょう!」


 こうして、またもや彦右衛門の攻めは失敗したのであった。


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 こうして、彦右衛門軍は引き揚げを開始することとなった。兵を引き揚げ居城に着いてから幾日かが過ぎて、俊丸から報告が入った。


俊丸
「彦右衛門様!三星城に動きが見えましたデブ!馬場次郎四郎が役目は果たしたと、城を出てござりまするデブ!」


彦右衛門
「よし、今じゃ!全軍出発!再び三星城に押し寄せるのじゃ!」


 彦右衛門軍はすぐさま出陣準備を整え、再び三星城に迫ることとなった。


彦右衛門
「先発隊は章之進の軍勢じゃ。すぐに出立致せ!続いて幸之助の軍勢も出発!本隊はこれに続くぞ!」


 こうして、先発隊の章之進の軍勢が三星城にたどり着き、城方の兵と戦端を開いた頃、幸之助隊も後方に着陣し、次々と部隊を繰り出した。






 しかし、この時既に城方は別働隊を組織して、山間に兵を伏せていた。


後藤河内
「ふん、また懲りずにやってきおったか。我ら別働隊の存在にも気付いておらぬようじゃのう。」


小堀備前
「間抜けにも我らの真正面に背中をさらしておるわ。そろそろ突撃してやるかのう。」


下山半内
「よし、かかろう!」


難波利介
「よし、いくぞッ!」


伏兵
「うおおおおおっ!」


 背後から不意を突かれた幸之助隊は、あっという間に突き崩された。


幸之助
「うおっ!何ダニ?どこからわいて出たダニか!」


後藤河内
「敵方の大将とお見受けした。御首を頂戴致す!」


幸之助隊の兵
「幸之助様、危ない!ここはお引きなされ!」


幸之助
「すまんダニ!全軍、引け引け!」


 その頃、調子に乗って三星城に攻め寄せていた章之進隊、


章之進
「おらおらおら!攻めろ攻めろ!彦右衛門様の本隊が来る前に攻め撮ってしまうのじゃ!今回は馬場のアホウもおらんしのう、ニャハハハハ!」


章之進隊の兵
「あらぁん、章之進様、ちょっと後方の様子がおかしいですぞ!」


章之進
「あ、あれぇ、幸之助が来ておるはずではないのか?旗が違うぞ!最近、使い出した発毛剤や育毛剤の効果を高める薬用シャンプー・スカルプDの旗じゃな~い!」


後藤河内
「よーし、城方と呼応して挟み撃ちに致すぞ!全軍かかれぃ!」


章之進
「ゲゲッ!困った困ったコマドリ姉妹!」


章之進隊の侍
「ぐえ~、頼みますから島木ジョージは止めて下され!」


 すっかり意気消沈した章之進隊も、命からがら南の湯郷村まで退路を切り開いて退いた。


幸之助
「章之進!無事だったダニか?」


章之進
「無事じゃねぇよ!危うく草深い戦国の田舎町で首をさらされるところじゃったぞ!」


幸之助
「城方は準備万端のようダニ。馬場がいなくなっても、戦意は衰えておらんダニ。」


章之進
「こうなったら彦右衛門様の本隊を待つしかあるまい。また義左衛門軍師殿が策を練るであろ。それまでは、ここの温泉で傷の養生じゃ。」


幸之助
「そうするダニ。じゃあ、新たに作ったこの旗を立てといてと……『抜け毛、薄毛はもう嫌だ!東急ハンズ2005年度「ヘアケア部門第1位」スカルプD』。」


章之進
「お主の旗には何か悲壮感が漂っておるのう………。」


 こうして、先発隊はからくも窮地を脱し、後続の本隊を待つこととなった。


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義左衛門
「どうやら、またしても馬場岩法師が現れたようにございますぞ。」


彦右衛門
「今は馬場次郎四郎と名乗っておるとか、厄介な存在じゃのう。どうする?力攻めもまずかろう。」


義左衛門
「そうでござりますなぁ。とりあえずは、遠巻きにして様子を見るしかありますまい。」


彦右衛門
「しかし、芸もなく眺めておるのも癪に障るのう。よし、前衛の章之進隊にこの矢文を城中に射るよう伝令を出せ!」


近侍
「はっ!」


 こうして一通の矢文が城中に射ち込まれた。






後藤勝基
「寄せ手の軍勢から矢文が射ち込まれたとか、どら見せてみい。」


『勝つ基は馬場のみなりけり三星はくっさい臭いに鼻曲がりたり』


馬場職家
「むう、遠巻きにしおって攻めかけてこんと思ったら、こんなしょうもない嫌がらせを!勝つための要因と勝基殿の名前をひっかけ、拙者の名が馬場であるのを、ババ(う○こ)と引っ掛けておるのでしょう。つまり、お前のとこの三星にはう○こしかなくって、臭い臭いということですかな。馬鹿にしよって!あら、後藤殿?」


後藤勝基
「ぎゃははははは!」


「いや、彦右衛門めもなかなか笑わしよるやないかい!」


馬場職家
「いや、そこは笑うとこじゃなくて!拙者、わざわざ宇喜田直家殿の命令でここまで出張ってきておるのに、なんという態度!」


後藤勝基
「おお、失礼した。こんなものを射ち込まれては、こちらも黙っておれん。よし、この矢文を射返せ!」


 こうして、三星城からも矢文が彦右衛門陣営に射ち込まれた。






章之進
「彦右衛門様、矢文が射ち込まれましたぞ!」


彦右衛門
「どらどら。」


『ひこひこと弱虫兵卒泣きにけりゲイハゲデブと阿呆の軍勢』


彦右衛門
「ぬ、『ひこひこ』とは、引こう引こうをもじりおったか!」


章之進
「うまい!って、そこのゲイというのは、拙者のことでござるか!」


幸之助
「ハゲというのは拙者ダニ!」


俊丸
「デブは拙者デブか!」


一同
「馬鹿にしくさって!」


 このようなアホウなやりとりで数日が過ぎた。


義左衛門
「彦右衛門殿、ここは一旦引いて、再度攻め直すことと致しましょう。城内には馬場を始め勇将数多く、士気も高い。まずは引いたとみせて、馬場が引き揚げるのを待ち、再度攻め直すのです。」


彦右衛門
「そうじゃのう。いかな大軍とはいえ、迂闊に力攻めを致せば手痛い反撃を喰らうは必定。よし、一旦南進して引き揚げのフリを致す。俊丸は三星城中の様子を逐次報告すること。」


俊丸
「かしこまったデブ!」


 こうして彦右衛門軍は、一旦囲みを解き、南下することとなった。


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義左衛門
「さて、それでは後藤勝基の立て籠る三星城の攻略に取りかかりましょう!って、あら、何この弛んだ空気は!?」


彦右衛門
「湯当たりしたぁ~。ホゲホゲホゲ。」


章之進
「混浴かと思って、ずーっと待ってたのにぃ~!」


幸之助
「いつまで経っても髪が生えてこないダニ。」


俊丸
「食べ過ぎたデブ。く、苦しいデブ。」


義左衛門
「あっきれたぁ~!いかな大軍とはいえ、油断すると寝首をかかれますぞ!」


彦右衛門
「そうだな、士気を引き締めねばならんのう。よし、全軍を北へ進めて一気に三星城を攻め撮ることと致そう。林野城を通過し北へ抜けて、梶並川と滝川の北へ布陣致す。」


義左衛門
「では、すぐに移動にとりかかれぃ!」


彦右衛門勢
「へ~い!」






三星城を北から望む


義左衛門
「さあ、布陣が終わりました。あれなる山一帯が三星城でござる。」


彦右衛門
「むう、3つの峰を城塞にしておるのか。山麓にも館を構えて、かなりの兵が立て籠っておるようではないか!」


章之進
「眺めていてもラチがあきませぬ。されば、まずは拙者がひと当てかましてきましょうぞ。」


彦右衛門
「いつになくやる気じゃのう。温泉でのリフレッシュが効いたかな。よし、行ってもらうと致そう。」


章之進
「章之進隊は前進!」






 章之進隊が前進して三星城の北に流れる滝川の畔にさしかかると、川で水浴びをしている武者が見えた。


章之進
「お、あれに見えるは城方の名のある武将に違いないぞ!油断致しおる今がチャンスじゃ、寄せて討ち撮れ!」


章之進隊の侍
「相変わらずの姑息な作戦ですな!やりまっせ~!」


 こうして近づいてみると、武者はすぐさま城に取って返し、鎧をつけて出てきた。


馬場職家
「誰かと思えば、いつぞや砥石城で世話になった奴ではないか。あの時の借りを返さねばのう。」


章之進
「ゲッ!その顔は、砥石城の岩法師!」


馬場職家
「ほっほう、覚えておったか。今はちょいと名を改めて馬場次郎四郎じゃがのう。大軍で囲んでええ気になっとるようじゃが、調子に乗っとると口に指突っ込んで奥歯ガタガタいわしたるどぅ、コラ!


 馬場はそう叫ぶと章之進隊の兵と槍で渡り合い、たちまちのうちに何人かを突き伏せた。次郎四郎のあまりの勇敢さに、章之進隊は攻めあぐね、遠巻きにして眺めるしかなかった。


章之進
「相変わらずの猛将振りじゃのう。しかし、我が軍はあの時と違い大軍を率いるまでになった。こやつ一人くらいの働きでは崩せんわ。バーカバーカ!」


馬場職家
「ふん、近づいてもこれんか!しかし、大軍よのう。あまり深追いしても囲まれて形勢が悪くなるばかりじゃ。今日は引き揚げるぞ!」


 こうして馬場次郎四郎は、追いすがる章之進隊の兵を斬り払いつつ、三星城へ引き揚げていった。


章之進
「ふん、今日のところはこれくらいで勘弁してやるか!」


(あー、怖かったぁ!)


章之進隊の侍
「章之進様、あのぅ、足がカクカク震えてるんですけど?」


章之進
「む、武者震いじゃ!気にするな!」


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<林野城(倉敷城)>


 林野城は三星城と梶並川を挟んで対岸に在り、共に要害の地にあって美作東部の拠点となった城である。 梶並川の東に林野城、西に三星城がある。林野城の南側には吉野川が流れており、梶並川と合流している。


 北と西を梶並川、南を吉野川に囲まれ、東側は峰が連なっている。標高250メートル、比高170メートルの山上、東西に伸びた稜線に沿って三の丸、二の丸、本丸が連郭式に配置され、南北は急峻な崖によって守られている。


 城の歴史は古く、鎌倉時代には城が築かれており、林野城と呼ばれていたようである。その後、倉敷城とも呼ばれるようになる。


 時代が下って14世紀中頃・南北朝時代、動乱の最中、三星城に後藤氏が地頭職を与えられて入城する。この頃、林野城にも後藤一族が在城していたようである。


 その後、北朝方の足利幕府で将軍尊氏と弟の直義が対立し、観応の擾乱が始まる。この争いは2代将軍義詮(よしあきら)と直冬(ただふゆ)(尊氏の庶子で直義の養子)に引き継がれ、直冬は南朝方に帰順する。


 後藤氏は美作守護で将軍方の赤松氏についていたが、康安元年(1361)、直冬に属していた山陰の山名時氏が美作に侵攻し、後藤氏は山名氏に降った。この時に三星城と共に林野城も落城したと『太平記』に記されている。


 この後、めまぐるしい勢力交替を経て、美作には出雲の尼子氏の勢力が浸透し始め、天文13年(1544)に後藤勝基もその傘下に入った。 この時から林野城には、尼子の武将、川副久盛(かわぞえひさもり)が入城した。


 尼子氏の勢力が毛利氏のために衰えると、後藤勝基は備前の浦上氏と結んで林野城を攻めたが、落とせずに小競り合いを繰り返した。


 その後、永禄8年(1565)に尼子氏の本拠が毛利氏に包囲されるに及び、川副久盛は出雲に引き揚げ、林野城には浦上氏に従う江見氏が入城することとなった。


 天正7年(1579)、宇喜田直家が後藤勝基を攻撃した際に、城主の江見市之丞は後藤方について戦い、鷹巣城で討死した。


 その後、宇喜田軍により林野城も三星城と相前後して落城し、宇喜多直家の家臣、片岡土佐守らが城番として在城した。


 関ヶ原の後、小早川秀秋が岡山城に入城すると、その家臣、稲葉通政(正成とも、徳川三代将軍家光の乳母、春日局の夫である)が在城した時期もあった。


 小早川家の断絶後は、美作に織田信長の小性、森蘭丸の弟である森忠政が入国。林野城は廃城となり山の麓に家老の居館が置かれた。


 山麓には安養寺がある。慶長年間に建立された古寺で、本尊の木造十一面観音像は国指定重要文化財である。因みに、この十一面観音というのが、阿修羅道において衆生を救う観音様である。


安養寺庭園


 この安養寺には、二条城の二の丸庭園を造ったことでも有名な茶人大名・小堀遠州公作庭と言われる庭園もある。


 林野城は美作の拠点として、信長の野望iconで登場することがあるが、むしろ拠点となるべきは後藤氏が在城し、三村軍、宇喜田軍との戦いの場となった三星城の方である。


 ついでに言うなら、三星城も美作東部の拠点に過ぎず、本来なら宇喜田直家から美作経略を任されていた花房職之が在城していた荒神山城の方が、美作の拠点にはふさわしいかもしれない。


 いやいや、毛利との攻防戦を演じた岩屋城の方かも………要するに、美作はこれといった勢力がないために、どこを拠点とすべきか分からんのかも(笑)。


 でも、林野城ではないでしょう、間違いなく。


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彦右衛門
「だっしゃぁーーー!攻めろ攻めろ!」


幸之助
「うおおお!温泉ダニ!ハゲを治すダニ!!」


↑ 注、ハゲは治りません。


章之進
「若いお姉ちゃんを呼んで混浴じゃあ!」


↑ 注、ここには混浴はなかったと思います。近くにならあったと思いますが、若いお姉ちゃんが来るかは不明。


俊丸
「ふおおお、美味い温泉料理を食うんじゃぁ!!」


後藤方本丸守備兵
「な、な、何じゃ何じゃ?この鬼のような猛攻撃は!?」


「しかも、こいつらの目!欲の権化じゃ!」


「引け引け!三星城に引いて本隊と合流するのじゃ!」


彦右衛門
「それ、今じゃ!本丸を攻め撮れい!!」


彦右衛門勢
「うおおおおおおおお!」


本丸跡

本丸南端 縄張り図の現在位置の場所


本丸主要部

本丸主郭部跡


井戸のある曲輪

本丸最北端の曲輪

 倉敷城とは林野城の別名である。左側には井戸跡が見える。本丸は尾根伝いに細長く広がっている。両側は断崖となっており、守りは非常に堅い。


井戸跡

本丸の井戸跡


 目出たく落城!


彦右衛門
「よっしゃぁ!林野城攻め撮ったり!」


彦右衛門勢
「エイエイオーー!」


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俊丸
「主だった者は、既に三星城の方に立て籠っておる様子デブ。」


義左衛門
「ならば、面倒なことにならぬうちに、一気に攻め撮ってくれましょうぞ。」


彦右衛門
「よし、我が軍はこれより総攻撃にて一挙に林野城を抜く!続けい!」


彦右衛門勢
「オオーーッ!」


林野城登山道

林野城登山道

 よく整備されておりハイキングコースとなっている。途中にはベンチが設けられていて、気持ちよく登ることができる。






彦右衛門
「見えたぞ、三の丸じゃな!兵は少ないぞ、一気に攻め撮れ!」


幸之助
「鉄砲隊、弓隊は援護を致すダニ!」


三の丸跡

三の丸跡

三の丸土塁

三の丸土塁

 三の丸は整備されておらず、登山途中で道をそれて薮こぎをしなければならない。土塁と曲輪跡の平地が残っている。






義左衛門
「三の丸が落ちたか!義左衛門隊はこれより先手の兵と交替し、二の丸攻めを致す!」


二の丸跡

二の丸跡


二の丸から湯郷を望む

二の丸から南方向、湯郷を望む

 二の丸も道がつけられているだけで、整備はされていない。南には温泉地、湯郷(ゆのごう)の町が見える。


章之進
「二の丸も落ちましたのう。こりゃよい眺めですわ。お、あそこに見えるは、温泉ではありませぬか?林野城攻めが終わったら、ひとまず本陣をあそこに設けましょう。」


俊丸
「また遊ぶことばかり考えておられるデブか?」


章之進
「ちが~う!傷ついた兵の療養を考えておるの!お主も汗をかきまくって、ダイエットしたらどうじゃ?」


幸之助
「あ、あの~、髪の毛には効くダニか?」


彦右衛門
「知るかッ!それより、さっさと本丸を攻め撮るぞ!本陣は湯郷に置くから、さっさと攻め撮らんかい!」


一同
「オオーーッ!やる気満々ですぞ!」






<湯郷>


 岡山美作三湯の1つで、その昔、円仁法師がこの地で鷺が足の傷を癒すのを見て発見したと伝えられる。


 泉質は、ナトリウム、カルシウム塩化物泉で、アトピー等の皮膚病、消化器病、神経痛、リュウマチ、貧血症、婦人病などに効果がある。


 ハゲに効くとは書いてない(笑)。残念!


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義左衛門
「備前と美作の国境は押さえましたな。吉野川に沿って北上し、後藤勝基めから美作東部の支配権を奪い取りましょう!」


彦右衛門
「よし、では次の攻略目標は三星城じゃな!」


義左衛門
「いえ、その前に、梶並川を挟んで、三星城の東に位置する林野城を攻め撮りましょう。支城を攻略した後、三星城を囲い込み落城にもっていくのです。」


彦右衛門
「よし、ではそのように致そう!」






義左衛門
「さぁ、着きましたぞ。あの山の上が林野城でござる。」


林野城を南から望む

林野城を南から望む


俊丸
「配下の者が縄張りを手に入れて参ったデブ!どうやら山上、尾根伝いに連郭に曲輪を配置しているようデブ。」


縄張り

林野城想像復元図


彦右衛門
「またしても、堅そうな城だのう。北と西は梶並川、南は吉野川で囲まれておるのか。まずは、南の吉野川を押し渡り、山麓に兵を進めるとしよう。」


幸之助
「全軍、前進して渡河!山麓へ押し出すダニ!」


彦右衛門勢
「オオーーッ!」


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彦右衛門
「さて、茶臼山城の攻略はなったが、北の吉井川の川向こうで、しきりにこちらを伺っておるような城があるのう。」


俊丸
「鷲山城にござるデブ。城将は保志賀藤内と申す者。家臣共々、立て篭りおる様子デブ。」


章之進
「あの程度の小城なれば、攻め撮りは容易いかと。」


俊丸
「いや、鷲山は険阻な地にて、一筋縄では落ちぬのではないかと思いまするデブ。」


彦右衛門
「よし、ならば城を取り囲んで、持久戦に持ち込むのじゃ。敵は小勢じゃ。疲れたところで、一気に攻め撮ることと致す!」


保志賀藤内
「攻め寄せて来たか。しかし、凄い大軍じゃのう。いつの間にこのような力を付けたのじゃ。む、遠巻きにする気か!」


 こうして、幾日かが過ぎた。夜も篝火を焚いて気勢を上げる彦右衛門軍に、城兵は神経戦を強いられた。


義左衛門
「そろそろでござるぞ。援軍も来る気配はなし。城兵も衰弱しておりましょう。一気に攻め撮りに参りましょう!」


彦右衛門
「よし、全軍攻撃開始!」


 疲れ果てていた所に、兵を入れ替えての大軍の攻撃を受けては、鷲山城は持ちこたえることはできなかった。保志賀藤内を始めとする配下の者達は、次々と討ち撮られ、ここに鷲山城も落城した。


鷲山城 太鼓丸から

茶臼山城太鼓の丸から鷲山城を臨む


鷲山城 川べりから

南に流れる吉井川の川べりから鷲山城を臨む


彦右衛門
「よし、勝鬨を上げよ!」


彦右衛門勢
「エイエイオー!」




<鷲山城>


 茶臼山城の北、吉井川を挟んで川向こうにある飯岡(ゆうか)の地の鷲山に築かれた山城である。


 茶臼山城を落とした宇喜田軍は続いて、この鷲山城の攻撃に取りかかった。しかし、険阻な地に築かれていたため、容易に攻撃する事もできず、遠巻きにして攻撃の機会を窺うこととなった。


 結局、援軍もなく、疲れ果てた城兵は宇喜田軍の攻撃を耐え凌ぐことはできず、城主・保志賀藤内の家臣・秋山重左衛門、鮎矢又七、大澤重左衛門ら17人が城を枕に討死。保志賀藤内も自害し落城の憂き目を見る事となった。


 宇喜田軍はこの城を焼き払い、美作攻略を目指しさらに北上を続けることとなった。






章之進
「ところで、彦右衛門様、今回城の様子が分からないんすけど……。」


彦右衛門
「それはね、前の二つの城で時間が無くなって、こっちまでは登れなかったからなの………。」


章之進
「は、よく聞こえませんが?」


彦右衛門
「うるへぇ!登る時間が無かったの!」


俊丸
「ここぞとばかりに責め立てておるデブ。さすが弱い立場の者には、鬼のように強いデブ。」


義左衛門
「やれやれ………。」


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章之進
「あれ?いつの間にか、城主の紹介板に阿修羅像が飾られとるッ!」


幸之助
「本当ダニ。」


彦右衛門
「ふふ~ん、ここの写真をどうしようかずっと考えてたんだけど、やぱし、戦いの神様と言えば阿修羅かなぁ!見よ、この凛々しいお姿を!」


章之進
「顔が三つに手が六つもあるんすけど……。」


義左衛門
「三面六臂の姿じゃな。帝釈天に戦いを挑んでは負けるのでござる。」


章之進
「は、もしかして負け戦の神様!?」


彦右衛門
「縁起でもないから止めんか~い!いいの!阿修羅で!!」


幸之助
「毘沙門天を信じた上杉謙信公のようダニ。」


俊丸
「では、我が軍の旗は『阿』を加えるデブか?」


義左衛門
「それでは、章之進の旗は『呆』でいきますか!」


章之進
「二人で戦場に出たら………『阿』『呆』………いらんわ~い!」




<阿修羅>


 釈尊の教えに感動し、帰依した他の宗教の神々を天といい、阿修羅もその天の1人。阿修羅天とも呼ばれる。


 上杉謙信の信奉した毘沙門天もこの天の一人であり、別名・多聞天とも呼ばれている。この他、吉祥天、大黒天、迦楼羅(かるら)、夜叉なども天である。


 阿修羅は須弥山の北に住み、帝釈天と戦い続けるが、力の神・帝釈天に常に負ける。仏教では、このように過去のことにこだわり、いつまでも戦いを挑むことは忌むべき行為とされている。


 この阿修羅の住む世界が六道の1つ、阿修羅道であり、終始争いが絶えず戦いの続く世界である。現在の中東やアメリカは、この阿修羅道に落ちているといえようか。


 十一面観音様ぁ、早く救ってやって下されや!………他力本願。


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彦右衛門
「さてと、論功行賞に入るかのう。」


章之進
「はいは~い!拙者、笹部勘斎の子息・仙千代を討ち撮りましたぁ!!」


義左衛門
「え?仙千代って、どらどら、あれ?子供じゃないか!」


俊丸
「章之進殿、子供を討ち撮られたのデブか?」


幸之助
「ちょっとやりすぎなんダニ!」


 章之進を一同の白い視線が突き刺す………


章之進
「う、つ、冷たい視線………申し訳ござらぬ。このような無慈悲な行いは、もうせんぢょ!


 更に、冷たい視線………


章之進
「う、………ほ、ほら、仙千代だけにせんちょ!ってね。それに写真で撮っただけだから、ね、ね。ほら、この通りピンピンしてるし……。」


仙千代
「しくしく………御写真怖い……。」


彦右衛門
 無視しつつ、

「それで笹部勘斎を討ち撮ったのは、義左衛門じゃな。茶臼山城の方では、サボってくれよったが、こちらでは十分借りを返してくれる働きであった。」


義左衛門
「拙者も物語を面白くするため、大変でござるのよ。」


幸之助
「まあ、そういうことにしておくんダニ。」


章之進
「笹部勘斎を討ち撮って、借りを完済!って事で、めでたしめでたし。」


一同
「お前、懲りてないやろが~い!」




<大仙山城>


 茶臼山城の北西にある山城。昔は茶臼山城が本丸で、二の丸と大仙山城が本丸を守るための出丸であったと考えられていた。


 しかし、近年の調査で大仙山城の規模の方が巨大で、水の手の整備も行き届いていることが判明した。現在では、大仙山城が本丸で、二の丸、茶臼山城がその出丸という見解が有力である。


 この他、そもそも二つの城は別々の城であったという見解もある。


 実際に歩いてみると、別々の城という見解には疑問を感じる。距離的にも非常に近いし、尾根伝いに割と簡単に移動が可能だからである。


 本文中で縄張り図を示したが、読者の皆さんはこの図をみて、どのように考えられるかな。今一度、写真を拡大して、また、その他の写真も見て想像して頂きたい。


 物語の中でも書いたが、大仙山城の方は整備されておらず、鬱蒼と木が茂っている。切り払えば、一大城塞が現れるであろう。町の公園にでもできそうである。


 余談だが、ここら一帯は「つちのこ」発見現場として宣伝中である。茶臼山城本丸には、つちのこせんべいなるものも売っている。高額の懸賞金も出しているので、興味のある方は是非、訪れて捜索して頂きたい(笑)。


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 一方、こちらは本丸内、


笹部勘斎
「む、い、いかん!大軍で一気にきよった!仙千代はおるか?」


仙千代
「はい、父上様、ここに!」


笹部勘斎
「この城はもう持たぬ。お前は城を落ちて生き延びよ。笹部家を継いで必ずや再興を果たせ!」


仙千代
「嫌でござります。ここで父上と共に戦って死にとうござります。」


笹部勘斎
「聞き分けよ!仙千代!これ、誰か仙千代を連れて落ち延びてくれい!」


周りの侍
「ははッ!」


 こうして仙千代は一の谷を目指して落ちていくこととなった。しかし、これを目ざとく見つけた者がいた。


章之進
「おお、あれに城を落ちていく者がおるぞ!討ち撮って手柄に致してくれん!それ、我が手勢はあの落ち武者共を追うのじゃ!堅そうな本丸なんぞは、彦右衛門様に任せておけばよい!」


章之進手勢
「ははッ!」


 章之進隊は逃げる仙千代を追って、城の裏手、一の谷へと入った。


章之進
「お、みい~つけた!バァ!城方の者とお見受け致した。御写真頂戴仕る!」


仙千代
「ああ、父上ぇ!」


 パシャッ!


章之進
「よっしゃ討ち撮ったりぃ!」


章之進勢の侍
「ガキには容赦ありませんね……。」






 一方、こちら本丸では笹部軍の最後の抵抗が続いていた。


義左衛門
「お、あれに見ゆるは笹部勘斎か!笹部勘斎殿とお見受け致した!拙者は彦右衛門軍の軍師、義左衛門!御写真頂戴仕る!」


笹部勘斎
「もはやこれまでか!うおおおお!」


 パシャッタ!


義左衛門
「笹部勘斎討ち撮ったりぃ!」


彦右衛門
「勝鬨をあげよ!」


彦右衛門勢
「エイエイオー!」


広大な本丸の曲輪

広大な本丸の曲輪

 50メートル四方はゆうにある。現在は木が鬱蒼と茂っている。この回りに複数の曲輪が散見される。城郭規模は茶臼山城とは比べ物にならないくらい大きい。


本丸跡の小さな祠

本丸跡にある小さな祠




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彦右衛門
「続いて、大仙山城も攻め撮る!先手はもちろん、義左衛門に決まっておるわな。」


一同
 うなずいて、

「うんうん!」


義左衛門
「すっかたなかんべな。」


章之進
「なんで、田舎の農夫になっとるんですか!」


義左衛門
「いや、勘弁してもらえるかなと……。」


彦右衛門
「軍師殿、さっさといかんか~い!ほれ、これが縄張りじゃ。」


写真は拡大します

茶臼山城縄張り


義左衛門
「では、早速攻め撮りを開始致す!義左衛門隊は続けぃ!茶臼山城の二の丸から尾根伝いに攻撃を開始する!!」


彦右衛門
「義左衛門を援護するぞ。弓隊、鉄砲隊は前へ。足軽隊は義左衛門勢に続けぃ!」


彦右衛門勢
「オオーーッ!」


茶臼山城への道

茶臼山城二の丸へ到る道

 看板の手前を左に折れれば、道なき道を大仙山城に進むことができる。全くもって整備されていないので、コンパス、鉈があると便利(笑)。


義左衛門
「ぬ、なんたる山城!こちらの方が大きいではないか!こりゃえらいことになったぞ。」


幸之助
「軍師!我が鉄砲隊にて斉射を致す故、敵がひるんだ隙に取りかかるダニ!なぁに、既に敗軍なれば、意気も消沈しておるダニ。一当て致せば、城を捨てて逃げ出すダニ!」


義左衛門
「おお、かたじけない!されば、そのように致そうぞ!」


 ズダダーンッ!!


義左衛門
「それ今じゃ!かかれ、かかれい!」


堀切

城の東側の堀切の跡 無数にある


主郭周りの土塁跡

城の曲輪周りの空堀

 左側が東になり、敵を防ぐ空堀と土塁がある。右側の傾斜の上は曲輪になっている。傾斜は急で、とても固そう……。


主郭への道

城の中心部へ至る道


井戸(推定)

 水が溜まっており、井戸跡と思われる。茶臼山城のものより巨大であり、このことからも大仙山城が中心となる城であったことが伺われる。


義左衛門
「よし、水の手も撮ったぞ!笹部勘斎殿!もはやこの城は落ちたも同然!大人しく降伏されよ!」


笹部勘斎
「ふん!水の手を撮ったくらいでいい気になるなよ!この城はまだまだ落ちんぞ!」


義左衛門
「されば致し方なし!それ、本丸へなだれ込むのじゃ!」


彦右衛門
「義左衛門を援護致せ!全軍突撃開始じゃ!」


彦右衛門勢
「オオーーーッ!!」



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