日本の城  日本の城
日本の城を写真にて攻め撮るのでござる。おかしな物語と共にいざゆかん戦国無双の城撮り名人の道!
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日本の城を攻め撮れ!ー城撮り物語ー

彦右衛門
「よし、本丸は制圧したな!」


本丸史料館

水軍資料館

 大塔宮令旨、村上家相伝の腹巻、伝来文書、安宅船の模型などを展示している。水軍の歴史についても知ることができる。玄関には兜と陣羽織が置いてあり、試着が可能。記念に是非、試着しておいて頂きたい。受付のおばちゃんの目の前なので、試着にはそれなりの勇気が必要である。


人形部屋

 水軍資料館の横にある建物で、中には軍議をする村上水軍の人形が展示してある。真新しい畳の匂いがする展示室で、当時の様子を知ることができる。


水軍城近景

水軍城遠景

 因島水軍城本丸の全景。背後の山が片刈山城跡である。登山道もついてないようだったので行ってないが、薮こぎをして登ってみるのも一興かもしれない。


義左衛門
「まずは因島を落としましたな。」


彦右衛門
「勝鬨じゃ!」


彦右衛門勢
「エイエイオー!」





<因島水軍城>


 昭和58年12月1日に築城された全国でただ1つの水軍城である。歴史家・奈良本辰也氏の監修により再現された。


 村上水軍には、因島、能島、来島の三家があり、室町・戦国時代を通して、数百年にわたって瀬戸内海の制海権を掌握し、合戦の他、遣明船の警護も行っていた。


 因島村上家は中世、11万4千5百石を領有。交易による莫大な富を握っており、実質40万石相当の海の大名であった。


 毛利元就と陶晴賢が戦った弘治元年(1555)の厳島の合戦において、因島村上水軍は毛利氏に加勢したことが確実視されている。本州に最も近い因島村上家は、中国地方の情勢を巧みに読み取り最も早く毛利家に近づいたのであろう。因みに、能島村上水軍の村上武吉はこの時の動静が明確ではない。


 1543年に種子島に鉄砲が伝わると、因島水軍でも早速これを入手。因島の西隣にある生口島垂水で桑原家に作製させ、田坂槍之介義英が試射に成功し量産化。その5年後には中国へ輸出するまでになっていた。


 また、因島村上水軍には因島鉄砲組と呼ばれる鉄砲隊が存在した。上記、田坂義英に加えて、岩本一角、島居祐宗(しまずいすけむね)、世良田貞房の4人を中心とする4部隊を鉄砲隊として組織していたようである。


 鉄砲の装備や集団運用は織田信長に限ったことではない。各地との交易が頻繁に行われていたことや、水上戦での飛道具の重要性からすれば、水軍の方がより早く鉄砲の有効性に気付き取り入れていたのではないだろうか。


 実際、沿岸部に本拠を持ち水軍を擁する雑賀衆もいち早く鉄砲を装備し、集団運用していたのであり、信長は彼らに本願寺攻めの時に散々な目に遭わされている。信長の鉄砲運用は、実際の戦闘で彼らに学んだ部分の方が多かったものと思われる。


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日本の城を攻め撮れ!ー城撮り物語ー

彦右衛門
「それ、一気に上陸して攻め込むのじゃ!」


幸之助
「水の手を取るダニ!」


井戸跡

片刈山城井戸跡

 片刈山城とは、因島水軍城の建てられている一帯にあった山城のこと。この井戸跡の左手に水軍出陣祈願所となっていた成願寺がある。また右手には長福寺、この奥の水軍城二の丸近辺には金蓮寺がある。金蓮寺の奥には因島村上水軍の墓地がある。


因島水軍墓地

因島水軍墓地


地図

昔の因島の図

 因島水軍城の手前まで海水が入ってきて入り江となっていたことが分かる。風雨を避けるには丁度よい良質の港であったといえよう。因島には多くの山があり、山城も数多く築かれている。





水軍城下から

因島水軍城を二の丸付近から望む。

 植木が「まるじょう 水軍」と刈り込まれている。まるじょうは、村上水軍の旗印である。上に見えているのが隅櫓。


彦右衛門
「見えたぞ!水軍城じゃ!」


義左衛門
「攻め手を緩めず一気に駆け上がれ!」


村上吉充
「い、いかん!持ちこたえられんぞ。悔しいが、ここは能島に逃れ村上武吉と合流致す!急ぎ落ち延びるのじゃ!」


幸之助
「それ!門を壊すダニ!」


門


章之進
「敵は引いたぞ!なだれ込め!」


隅櫓

隅櫓城内から

 隅櫓。地下は倉庫、1階は資料展示室、2階は展望台となっている。資料は大昔の船から現代の船までの移り変わりが分かる模型。なんと最後には将来の船として、「宇宙戦艦ヤマト」の模型が展示されている。


彦右衛門
「おお、俊丸!大丈夫か?」


俊丸
「お、遅かったデブ。もう腹が減って死にそうだったデブよ!」


義左衛門
「すまぬ。こちらも危うくやられる所であったのじゃ。」


幸之助
「ともかく無事でよかったダニ。」


章之進
「ダイエットには丁度よかったではないか。」


彦右衛門
「よし、本丸内を制圧するのじゃ!」


彦右衛門勢
「おおーーー!」


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日本の城を攻め撮れ!ー城撮り物語ー

 危機に陥った彦右衛門勢を助けに来たのは、馬鹿でかい船に乗った十枡だった。逃げて来る彦右衛門勢の小舟を吸収しつつ、十枡の大艦隊はゆっくりと戦場に進んできた。


彦右衛門
「な、な、な、何じゃこりゃ~!(松田優作風に)」


章之進
「げぇ、何て馬鹿でかい船!」


幸之助
「化け物ダニ!」


大和前

男たちの大和」のロケセット


十枡
「くろ~ずゆああ~いず、瞳を閉じれ~ば~♪フンフンフンフン~♪(長渕剛の真似をしながら)」


章之進
「残りの歌詞知らんのか~い!」


十枡
「ようやく完成したんだナ。ささっ、彦右衛門様こちらへ。御家来衆も上がってくるんだナ。」


彦右衛門
「あの~、助けに来てくれたのは嬉しいんすけど、この船は一体?」


十枡
「な、なんて質問なんだナ!ここは日本!日本の軍艦と言えば『大和』しかないんだナ!」


彦右衛門
「いや、あの、そういう意味ではなくて、ここは戦国時代で……。」


十枡
「さあ、村上水軍を蹴散らすんだナ!主砲46センチ砲発射準備!」


46砲

主砲の46センチ砲。最大射程は42キロを誇る。


彦右衛門
「あの~、だからここは戦国で………。」


砲術長
「主砲発射準備よ~し!」


十枡
「全艦隊10時方向へ転舵、主砲発射の後、全砲門一斉射撃!目標、2時の方向村上水軍!但し、船には当てず、ビビらせて退却させるんだナ!」


操舵士
「ヨ~ソロ~!」


彦右衛門
「いや、あの~、だからここは戦国でこの船はちょっと……。」


十枡
「発射なんだナ!」


砲術長
「発射!」



 チュド~ン、ドン、ドン!



 ヒュルルルル、ドッポーン、ドッポーン!!



水兵
「今じゃ!てぇー!」


高角砲群

測距儀

高角砲

側面高角砲群


 ダダダダダダダダ!!


 ピュンピュンピュンピュン!!


村上吉充
「ぬおおおお!何たる巨大な船!しかも、あの大筒はなんじゃ!見たこともないぞ!」


田坂義英
「兵が怖じ気づいておりまするぞ!」


村上吉充
「くそっ!一旦、因島に退却じゃ!能島の村上武吉に援軍要請の早船を出せ!彦右衛門めの水軍を侮っておったわ!」


十枡
「退却していくんだナ!すぐに追い打ちをかけて一気に攻め撮ろうヨ!」


章之進
「よし、さすが十枡じゃ。拙者は最初から信じておったぞ!」


幸之助
「なんて身代わりの早さなんダニ。あきれてモノも言えんダニ。」


義左衛門
「まあまあ、そんなことよりこの好機を逃してはなりませぬ。このまま因島へ攻め入りましょう!」


彦右衛門
「よし、全軍進め!」


 こうして十枡の援軍により、水上戦において村上水軍を蹴散らした彦右衛門軍は、因島へと駒を進めたのであった………続く。




大和


 大日本帝国海軍の誇った超弩級戦艦。弩とはイギリスの戦艦・ドレッドノートのことで、その基準を超える巨大戦艦を超弩級と呼ぶ。規模は以下の通り。


 基準排水量  65000トン

 全長     263メートル

 全幅     38・9メートル

 最大速力   27・46ノット

 乗員     3300名


 当時の最新技術を駆使して建造され、その技術は戦後日本の造船技術を影で支えたともいえる。主砲の46センチ砲は、全長1・98メートル、重量1・46トンの砲弾を最大射程42キロまで飛ばすことができた。


 しかし、戦争は既に航空機の時代に突入しており、大和も時代遅れの大艦巨砲主義の象徴となってしまった。実際、大した戦歴もないまま1945年4月7日、菊水作戦により沖縄に特攻を命じられる。その途上、鹿児島県坊ノ岬沖にて米軍航空隊386機の波状攻撃を受け大爆発し、乗員2498名と共に沈没。生存者は僅か276名。


 その様子を描いた、映画「男たちの大和」では監督の意向で、実物大のロケセットが広島県尾道市の向島、旧日立造船所跡地に造られた。


 残念ながら艦橋と船体の一部はないが、行った人にはその巨大さが実感できたであろう。現在は公開も終わっている。広島県呉市の大和ミュージアムに行けば、海に向かって細長い公園があり、そこで大和の前方左半分の大きさが分かるようになっている。


 非常に美しい軍艦であり、その悲劇的な最期と相俟って、全然役に立ってないにも関わらず(役に立たなかったから?)、現在でも人気が高い戦艦である。イギリスの知人に大和の絵はがきを送ったら、「Fine ship」だと言ってもらえた。日本的なるモノの美を認めてもらえたようで、ちょっと嬉しかった。


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尾道

向島

尾道西側

 尾道から瀬戸内海を望む。向かい側の島が向島である(名前のまんまだな……)。上段にはしまなみ海道の橋が見える。下段の真ん中の建物は、安藤忠雄さん設計の美術館である。こちらから見るとモダンな外観であるが、瀬戸内海側から見ると瓦葺きの古い建物が並ぶ尾道の風景に溶け込んでいる。尾道の景色を損なわなず、それでいて現代的な要素も盛り込んだ素晴らしい設計といえよう。


彦右衛門
「一気に海を押し渡って攻め撮れ!」


村上吉充
「ふん、ノコノコ出てきおったわ!合図の狼煙を上げよ!太鼓を打ち鳴らして一気に出よ!」


 ドンドンドンドン!


章之進
「あれ?なんか一杯船が出て来ましたよ!大きいのから小さいのから!」


義左衛門
「む、しまった!どうやら先に動きを嗅ぎ付けられていた様子!」


幸之助
「あの大きいのが安宅船、中くらいのが関船、小さいのが小早船なんダニ。一糸乱れぬ陣形で押し出してくるダニ。」


田坂義英
「ふん、あの程度の船団で村上水軍を攻めようなど、片腹痛いわ。まずは因島村上水軍の誇る鉄砲隊の威力、とくと味わえ!」


岩本一角
「鉄砲隊、構え~い!」


島居祐宗(しまずいすけむね)
「まだじゃ、まだじゃ!よ~く引きつけよ!」


世良田貞房
「よし、今じゃ!射ちやれッ!!」


 ズダダダ!ダ、ダーン!!


 ヒュンヒュン、ガシッ!メキィッ!


章之進
「うおおおお、危ねぇ!身を伏せよ!狙い撃ちされるぞ!ああッ!幸之助の『抜け毛の原因は頭皮にある!東急ハンズでNO1.ドクターズシャンプー 』の旗が吹っ飛んどるッ!」


幸之助
「あああ、旗が旗がぁ!毛が、毛がぁ……。」


幸之助の家来
「ご心配めさるな。こういうこともあろうかと、もう1つ旗を持って来てござるのをお忘れか?」


幸之助
「おお、そうだったダニ!すぐに新しい旗を立てるダニ!」


 サンスターの薬用育毛剤


章之進
「………次から次へと試しておるようじゃのう。」


村上吉充
「ふふ、旗が変わったくらいで旗色までは変えられんぞ!それ、次は小早じゃ!焙烙火矢をお見舞いしてやれい!」


義左衛門
「む、いかん!あれは村上水軍の誇る強力な兵器!一種の火炎壜にて、投げつけられれば船が焼かれまする!」


彦右衛門
「まずいな!一旦引け引け!」


村上吉充
「ふん、逃がすか!小早と関船は廻り込め!」


章之進
「うっきゃー!囲まれるぅ、焼かれるぅ!」


 彦右衛門勢危うしと見えた瞬間、巨大な黒い影が近づいて来た。その背後にも雲霞のごとき船団が控えていた………続く。


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彦右衛門
「おっかしいのう。向島の対岸で落ち合う旨の書状が来たのじゃが……。」


章之進
「十枡でしたっけ?あんなインチキくさいの、アテにできませんよ。もう金をくすねて、どっかで豪遊してるんじゃないですか?」


義左衛門
「それはなかろう。俊丸の手の者に見張らせておいたからのう。きちんと真面目に仕事はしておったらしいが、どうやら秘密の仕事場を作っておったらしく、水軍の実態まではつかみかねたようじゃ。」


俊丸
「何やら巨大な船を造っておるようデブ。完成が遅れているのだと思うデブ。」


彦右衛門
「おお、それは楽しみじゃ。で、これよりどうするかのう。軍師殿、村上水軍についての情報は?」


義左衛門
「はっ、まず村上水軍には因島(いんのしま)、能島(のしま)、来島(くるしま)の三家があり申す。ここより最も近く最初のターゲットとなるべきは、因島村上水軍にござろう。因島に本拠を構え他の二家と協力し、精兵をもって瀬戸内海はおろか東は塩飽諸島、西は九州に至るまでの海上交通を抑えており申す。中国の覇者、毛利家と最も近い関係にあるのが、因島村上水軍でござる。」


彦右衛門
「聞けば聞くほど難儀な相手じゃのう。して、その兵力や石高は、いかほどのものなのじゃ?」


義左衛門
「11万4千5百石を領有致しおりますが、海上権益の恩恵を受けており、実質石高は40万石に相当すると見受けまする。」


彦右衛門
「40万石!?カシオの電子計算機で計算してと………一万石で250人の動員可能兵力と仮定して、ピ・ポ・パっとな。うおっ!形式石高で2862人!実質石高なら1万人!」


章之進
「あーた、そろばん使えっての!今は戦国時代!」


義左衛門

(暗算で概算しろや!もう放っておこう……。)

「因島水軍の総大将は、村上吉充(むらかみよしみつ)にござる。船戦には習熟しており、独自の鉄砲隊も構えおる様子にござる。」


幸之助
「そりゃそうと、さっさと攻め込まねばせっかくの奇襲が徒労に終わるダニ。」


彦右衛門
「そうじゃな。しかし、十枡を待って万全を期した方がいいかもしれぬ。俊丸!城内の様子を偵察して参れ!我が軍はいつでも攻め込めるよう、船に乗り込む準備を致せ!」


俊丸
「了解デブ。行ってくるデブ!」


 ドッポーン!ジャブジャブ!ズババババ!


章之進
「あやつ、あの身体で泳ぎも得意なのか?」


幸之助
「身体全体が浮き輪のようなものなんダニ。」





 半刻後(約1時間後)、因島水軍城内


俊丸
「コソコソコソデブ。どらどら、城内の様子はと。んん?」


城内

因島村上水軍城内に展示されている人形


村上吉充
「すると彦右衛門めは、因島の対岸に既に着到しておるのじゃな。」


田坂義英
「そのようにござる。我らの兵も既に瀬戸内の各島に伏せておりますれば、奴らが海上にノコノコ出て来た所を一気に殲滅する手はず、相整えてござる。岩本一角、島居祐宗(しまずいすけむね)、世良田貞房と私を含めた鉄砲隊も準備万端。辛き目に合わせてくれましょうぞ!」


村上吉充
「しかし、彦右衛門勢は神速の軍じゃのう。こちらもうかうかしておられんぞ。福山に細作を放っておって良かったわ。」


俊丸
「むむむ、いかんデブ。このまま海上に出て因島に攻めかかれば、たちまち因島村上水軍にやられてしまうデブ。早く彦右衛門様に御報せせねば!」


 ガタン!


村上吉充
「む、誰じゃ!」


俊丸
「しまったデブ!」


田坂義英
「彦右衛門めの飼っておる草の者か!捕らえよ!」


俊丸
「ぬおおおお!いかんデブ~!!」


 なんとか逃げようと襲い来る兵を斬り払っていた俊丸だったが、背後から火縄の焼ける臭いがしたかと思った矢先、銃口を背中に突きつけられてしまった。


岩本一角
「あきらめよ!動くとそのどでかい腹に風穴が空くぞ!」


俊丸
「無念デブ……。」


村上吉充
「彦右衛門め、この因島に草の者を忍び込ませてくるとはのう。隅櫓の地下に放り込んでおけ!こやつが帰らぬとなると、待ち切れずに船を漕ぎ出して来るは必定。すぐに出陣じゃ!」





 一方、こちらは彦右衛門の陣。


義左衛門
「遅いですな。十枡も現れませぬ。もうこれ以上待っていても埒があきませぬぞ。因島村上水軍に迎撃準備を整えられる前に、攻め寄せましょう。」


彦右衛門
「やむを得ん。攻撃は我ら本隊で行う!船を漕ぎ出し、一気に因島へ攻め寄せるのじゃ!」


 こうして、因島村上水軍が既に迎撃の準備を整えていることも知らず、彦右衛門勢は間に合わせの小舟に乗って瀬戸内海へ漕ぎ出したのであった………続く。


因島水軍城の場所はこちら


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章之進
「あれ?さっぶいサブタイトルが変わっとるッ!」


義左衛門
「なんだかんだで勢いにまかせて付けたはいいが、よく考えたら『戦国無双』ってあんまり取り上げないし、タイトル見て参集してくれる方々に肩透かしを喰らわせておるようなのでな。」


幸之助
「確かに、来て楽しんで頂けるならいいダニが、戦国無双の情報がないのは、困るかもしれんダニ。かといって、攻略情報を書きまくる訳にもいかんダニ。」


彦右衛門
「そういう訳で、本来のサブタイトルに変更してみたっつう訳じゃ。」


俊丸
「この後もまたコロコロ変わるデブか?」


義左衛門
「さあねぇ、わっかんないなぁ。軍師の拙者の気分次第じゃな~い?」


章之進
「あっきれたぁ~!何たるいい加減さ!信じられ~ん!」


彦右衛門
「まあまあ、これから村上水軍を攻める景気付けじゃ。サブタイトルも変えたことだし、気合いを入れていくぞ!」


章之進
「そういや、あの十枡って外人さん。もう水軍を造ってくれたんですかね。」


彦右衛門
「準備は万端っていう便りが来たが、ま、村上水軍を攻める時に合流するから心配なかろ。」


 こうして、あっさりとサブタイトルが変更され、物語は続いていくのであった……。勘弁してくれ、軍師!


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福山城


 備後国(広島県東部)福山の地に築かれた平山城で、築城者は徳川家康の従兄弟にあたる水野勝成。久松城とも呼ばれる。


 元和5年(1619)に、安芸・備後49万8千石を領有していた豊臣秀吉の股肱の臣、福島正則が広島城の無断改築を理由に改易され、信州川中島に赴いた。その後釜に、広島城には紀州和歌山から浅野長晟(あさのながあきら)が入封。福山の地には水野勝成が入封した。


 福山の地は西に浅野、東に池田という外様大名が配されており、また萩の毛利を牽制する上でも重要な地であったため、譜代大名の水野氏の入封は戦略上、重要な意味を持っていたと考えられる。


 入封した水野勝成は、この地の重要性から新たに福山城の築城を開始。わずか3年で築城を終え、元和8年(1622)に福山城が完成した。


 築城に際し、京都の伏見城と福山のすぐ北にある神辺城から、櫓などが多数移築された。これが3年という短期で完成に至った要因であろう。





天守 南から

福山城天守


 福山城は標高28メートルの小高い丘に築かれ、丘陵の北東部に天守がある。天守は半地下式五重六階の構造で、層塔型天守である。


 層塔型とは最下層から最上層まで順に面積を逓減していく方式で、構造が簡単で工期を短縮できる。これに対するのが望楼型天守で、下層にまず建物を築き、その上にちょこんと望楼を積み重ねる方式である。安土城などがその典型である。


 初期築城技術においては、正方形の天守台を築くのが難しく、従って最下層がいびつな形となった。そのため、上に向かって均等に逓減していく層塔型は採用できなかった。望楼型は最下層の設計の自由度が高い反面、構造は複雑になりがちで工期も長い。しかし、個人的にはこのいびつな下層を持ち、複雑な形状をした望楼型天守の方が好きである。





 福山城天守は二重三階の付櫓を持つ複合式天守で、最上階には高欄付き廻り縁を設置、千鳥破風(天守にある三角の屋根の部分)や唐破風(天守の三段目と二段目の間にある丸い屋根の部分)を随所に用いており装飾性が高い。徳川譜代大名としての権威を示すものとも考えられる。


 これに対し、装飾性を廃し実戦的なのが島原城のような天守である。破風(はふ)の一切ない天守は内部からの射撃の妨げとなるものがなく、最後の砦となるに相応しい構造である。現存しないが、北九州の小倉城(現在の天守は、装飾性を出したい自治体の意向で大破風が設けられている模擬天守に過ぎない)や岡山県の北部にある津山城の天守(小倉城を参考にして築城されている)もそうであった。


 破風のない天守は実戦本位で殺風景にも思えるが、事あれば天守で最後の抵抗も辞さない築城者の心意気が見て取れる。この心意気を知って見れば、破風で着飾った装飾性の高い天守より美しいとも思える。





 壁面は総漆喰塗りの白壁で非常に美しい外観を備えている。しかし、天守の北面には鉄板が張り巡らされており黒い外観であったという。また、窓枠には銅板を巻き付けてあり、福山の地の戦略的重要性から防御機能の強化にも余念がなかったことが窺える。


 天守の北面だけに鉄板が張り巡らされたことについては、城の縄張りを見れば理由が分かる。本丸は天守南側にあり城の構造物も南側に偏って設けられている。そのため、天守北側の防御線は非常に薄い。このことから、天守北壁への矢弾による攻撃を防ぐ必要があったのである。





 この他、多聞櫓が多数設置されていたことが特徴的である。多聞櫓とは、城の石垣の上に設けられる外壁を櫓に置き換えたものと考えればよく、石垣に沿って細長く大きな壁のように設けられる櫓である。当然、狭間のついた通常の外壁よりも防御効果は高い。


 その多聞櫓も防御線の薄い北側に集中している。防御線の薄さを多聞櫓という強固な外壁で補ったものであろう。


 その他の櫓については、本文中で記述したのでここでは省略する。





 水野氏は5代続いた後、藩主が2歳で逝去したため元禄11年(1698)に改易。翌年、松平忠雅(まつだいらただまさ)が山形から10万石で入封するも宝永7年(1710)に伊勢桑名に配置換えとなった。


 これに替わって下野・宇都宮から阿部正邦が入封し、阿部氏の治世が幕末まで続いた。この阿部氏は幕府老中を4人も輩出した名家で、ことに7代阿部正弘はペリー来航時の筆頭老中として、日米和親条約の締結を行ったことで有名である。


阿部正弘

阿部正弘銅像


 その後、福山城は戊辰戦争において、長州軍の包囲を受け開城。明治維新後には多くの建物が解体され、堀も埋められた。残った建造物も戦災により焼失し、わずかに筋鉄御門と伏見櫓が残されただけとなった。


 戦後、次々と建造物が復興されていったが、城域内は満足な調査が行われることもなく整備されていっており、敷地内(昔の大手門にあたる鉄御門や櫛形櫓のあった場所のあたり)に新幹線が通されている様は、大変残念なことである。城域内、天守北側のテニスコートだけでも何とかしてもらいたいものである。


 天守閣は現在、博物館となっており、見事な甲冑や徳川家康、水野勝成の蝋人形などが展示されている。老朽化が進み、館内は薄暗い。改修の必要性高し。天守からの眺めは素晴らしい。訪れたら是非登ってみることをおススメしたい。


 城の西に広島県立歴史博物館がある。ここは真新しく綺麗な博物館で、展示内容もよくておススメ。特筆すべきは草戸千軒の復元展示で、中世の街の様子を知る事ができる。


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章之進
「うははははは!たかだか10万石ぽっちで、俺様の攻撃を防げると思うたかぁ!」


義左衛門
「確かに、動員可能兵力は2500人がやっと。その上に、疾きこと風の如くの我が軍の攻撃を受けては、どうしようもありますまい。後は、天守閣を残すのみですぞ。」


幸之助
「しかし、章之進は相変わらず弱い者には鬼のように強いダニ。」


彦右衛門
「そろそろ退城勧告でも出してやるとするか。家康の従兄弟じゃからのう。下手に討ち撮って、事を荒立てるのもよろしくなかろ。」


俊丸
「では、城を明け渡すよう伝えてくるデブ。」





水野勝成
「最早これまで、潔う自決するかと思っておったが、城を退けと言われるか。」


俊丸
「そうデブ。この城も残すはこの天守閣のみデブ。これ以上の抵抗は無意味デブ。」


水野勝成
「むう、しかし……。」


俊丸
「急襲を受けたにもかかわらず、お見事な采配にて直ちに本丸を固められ、抵抗を試みられたは武士の鑑デブ。武士としての名分は立ったと思うデブ。」


水野勝成
「………相分かった。城を明け渡し申そう。」


俊丸
(しめしめ、うまく説得できたデブ。)


 こうして福山城は陥落した。水野勝成は残兵を率いて退去していった。


天守 南から

福山城天守閣を南から望む


彦右衛門
「よし、福山城攻め撮ったり!勝鬨じゃ!」


彦右衛門勢
「エイエイオー!」


章之進

 ぼそっ、

「伏見櫓を撮り忘れた割には、威勢のいい勝鬨でございますなぁ。」


彦右衛門

 ギクッ!

「ささっ、次の目標はと………。」


幸之助
「失態を早く忘れたいようなんダニ。次はいよいよ村上水軍を叩くダニ!」


義左衛門
「今回のような失態をしでかしては、攻略などおぼつかぬ強敵にござりますれば、気を引き締めて参りましょう!」


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彦右衛門
「それ!本丸内の各櫓を攻め撮れ!」


月見櫓

月見櫓

 本丸南東の隅に築かれた櫓で、望楼の役割を果たしていた。京都の伏見城内にあったものを移築したものと言われる。明治の初め頃に取り壊されたが、昭和41年(1966)に外観復元された。許すまじ、明治維新………。


 撮り忘れた伏見櫓と同じく、新幹線から美しい外観を見ることができる。


彦右衛門
「……………。」


鏡櫓

鏡櫓

 本丸東側、月見櫓の北に位置する二層二階の櫓で、元和5年(1619)、水野勝成が10万石で入封し福山城を築いた際に建てられた。明治6年(1873)の廃城の際に取り壊され、昭和48年(1973)に外観復元。許すまじ、明治の廃城令……。


 現在は文書館となっており、福山城の古写真や古文書を閲覧することができる。


鐘櫓

鐘櫓

 築城当時から城下や近隣諸村に時の鐘を告げた櫓。緊急時に城下の武士を招集する太鼓も備えていた。城地内に鐘櫓が存在する城は全国的に例がなく、貴重な文化財となっている。


章之進
「さて、ここの目玉の鐘櫓も攻め撮ったし、1つ鳴らしてみるとするか。」


 カーン!


 注、鐘は鳴らせません。


彦右衛門
「うおぅ、ビビったぁ!迂闊に鐘を鳴らすな、コラ!」


章之進
「あれ、太鼓もある!ついでにこいつも……。」


 ドーン!


 注、太鼓も鳴らせません。


城下の侍達
「おお!?何事じゃ!あれ!お城が攻められておるぞッ!方々、出会え、出会え!」


幸之助
「章之進!敵を増やしてどうする気ダニ!」


章之進
「いや~、しかし、今まで気付かないってのもねぇ。」


俊丸
「時代が下って平和になったところデブ。きっと安心しきっていたデブよ。そこへ急襲をかけた軍師殿は、やはりさすがデブ。」


章之進
「要するに、卑怯者ということですか?」


義左衛門
「黙らっしゃ~~~~~い(末成由美風に)!『兵とは詭道なり』『其の備え無きを攻め、其の不意に出づ』、孫子の兵法じゃ!」


章之進
「軍師の立てられる策で我が軍の武士は損ばかりしておるからのう。あ、してみると損士の兵法でござるな!うまいな、俺!」


義左衛門
「…………。」





水野勝成
「むう、どこからわいて出たかと思いきや、あっという間に本丸を攻め撮られてしもうた。応援の武士も討ち撮られておるぞ。かくなる上は、天守閣にて最後の抵抗を試みることと致そう。」


天守より本丸を望む

天守最上階より本丸跡を望む

 写真一番上が新幹線福山駅。写真右手が筋鉄御門で、その左隣・真ん中の建物が湯殿櫓である。さらに写真の左側の見えないところに月見櫓と鏡櫓がある。筋鉄御門の右側には伏見櫓。さらに写真右の見えないところに鐘櫓が存在する。下の図のような配置となる。


 月見櫓    湯殿櫓    筋鉄御門    伏見櫓

 鏡櫓    (本丸御殿)          鐘櫓

        天守閣

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日本の城を攻め撮れ!ー城撮り物語ー

章之進
「しっかし、よく見りゃ城の大部分が現代の建物で浸食されておりますのう。」


彦右衛門
「だから現代の事情をシレっと言うなというとるに!」


義左衛門
「まあまあ、急襲は成功にござる!ああっという間に本丸の筋鉄御門ですぞ!」


幸之助
「なんだか随分はしょってるような感じダニ。」


彦右衛門
「だって、城域内に新幹線の駅が建っておるような城、どうやって話を膨らませろっつうのよ!」


章之進
「ああっ!当の本人が現代の事情を入れよった!」


俊丸
「さっさと筋鉄御門を攻め撮るデブ!よく見たら堅そうな門デブよ!」


筋鉄御門

 本丸の南側を守る筋鉄御門である。西に隣接する伏見櫓(写真左にある)と枡形を構成し、非常に堅固な守りとなっている。入母屋造の渡櫓門である。伏見城からの移築によるものと言われ、伏見櫓と共に戦災を免れた。その他の建物は全て焼失した。許すまじ太平洋戦争……。


章之進
「うおぅ、3方向から攻撃を受けますぞ!」


彦右衛門
「俊丸!伏見櫓をなんとかせい!」


俊丸
「了解デブ!忍者部隊は直ちに忍び込んで攻め撮るデブ!」


筋鉄御門 正面から

筋鉄御門 西側にある伏見櫓から望む


俊丸
「彦右衛門様!伏見櫓は押さえたデブ!」


彦右衛門
「今じゃ!本丸になだれ込め!」


章之進
「あのぅ、彦右衛門様、伏見櫓の写真は?」


彦右衛門
「撮るの忘れちゃったの………。」


章之進
「ハァ?伏見櫓っていえば、福山城でも一番美しい櫓ではないですか!伏見城の松の丸東櫓を移築したものと言われ、戦災をも免れた三重の美しい櫓を撮り忘れた!なんたる失態!ああ、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!」


俊丸
「相変わらず他人の失態には容赦がないデブ。」


彦右衛門
「すみませぬ、また訪問する機会があれば必ずや攻め撮って参りまする………。」


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彦右衛門
「さぁてと、水軍のメドも立ったし、今度は何処を攻めようかな。」


義左衛門
「瀬戸内海の強力な水軍を叩いておく必要がありますな。彼らを倒せば、我が軍の水軍が天下一であると言ってよろしいでしょう。」


彦右衛門
「そ、そりはもしかして村上水軍というやつか?」


義左衛門
「その通り!避けては通れませぬ。まずは、備後国に兵を進める必要がありましょう。次の目標は福山城に致しましょう。」


彦右衛門
「よし、全軍に通達!韋駄天の術にて、福山城に向かう!あ、そお~れそれそれ!」


彦右衛門勢
「そお~れそれそれ、ワキも剃れ!頭も剃ったら坊さんよ!」


俊丸
「あの~、この掛け声には意味があるんデブか?」


章之進
「気合いが入るじゃろうが!」


俊丸
「…………。」





義左衛門
「さあ、着きましたぞ!」


彦右衛門
「ふむ、白壁の美しい城じゃのう。あれ、一カ所北東の部分が黒いではないか!ふふ、弱点を教えているようなものじゃのう。よく見れば、あの部分だけが外郭から距離が近いではないか。」


幸之助
「よし、大砲を持ってくるダニ。北東の方角より射撃を開始するダニ。」


 ドカーン!ヒュルルルル………。


 コォーン!!


章之進
「うお、弾き返された!」


義左衛門
「うーん、どうやら鉄板を張り巡らして防御致しおる様子。ここの城主は徳川家康の親戚筋に当たる水野勝成でしたな。西の大名共を抑えるために、備えは万全といったところでしょう。」


彦右衛門
「あ、あのぅ、もしかして今我々は征夷大将軍に逆らっておるのでしょうか?」


義左衛門
「そういうことになりますな。ま、大した事ではないですよ。援軍が来てもまずいんで、さっさと攻め撮ってしまいましょう。」


章之進
「また死地にやられた………。軍師の言う通りにしておると、いらぬ地雷ばかり踏んで歩くことになるのう………。」


彦右衛門
「もう開戦の砲弾を射ってしまったのじゃ。グズグズ言わずに攻め撮るぞ!もう我が軍も大軍となっとるんじゃ。一気に攻め寄せよ!」


彦右衛門勢
「オオーーーー!!」


天守 西から

天守閣を西から望む


福山城の場所はこちら


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義左衛門
「ところで、彦右衛門殿。かねて申しておった水軍のメドは立ったのですかな?」


章之進
「そうですよ、水軍の力を借りれば兵糧の移動も楽ですし、海上交通の権益は莫大なものと聞いてまっせ!」


彦右衛門
「そのことなんじゃが、唐津城に目通りを願い出た者がおるとか。もうすぐこちらに到着するはずなんじゃが……。」


章之進
「唐津の近くには、松浦水軍がおりましたのう。もしやその一党かもしれませんぞ!」


幸之助
「彦右衛門様、どうやら到着なされたようダニ。」


彦右衛門
「お通し申せ!」


 しばらくして、


十枡
「お待たせなんだナ。陸路を来たので時間がかかったんだナ。初めまして、拙者は十枡と申す南蛮人なんだナ。」


章之進
「なんですの、この変な外人さんは?」


十枡
「変な外人じゃないんだナ。日本のおたく文化の好きな、至って普通の外人なんだナ。大好きな日本に来るために、大船団を組んで来たんだナ。唐津で水軍募集の話を聞きつけて、やって来たんだナ。拙者の水軍はとても強いんだナ。」


幸之助
「普通じゃないんダニ。大体、『じゅうます』って名前がもう変ダニ。しかも、おたく文化って、シレっと現代の事情を持ち込んでるダニ。」


義左衛門
「幸之助は一緒にしゃべるんじゃない!もう何をしゃべってんだか、分からなくなるではないか!」


十枡
「あの、『じゅうます』でなくて、『とおます』と読んで欲しいんだナ。」


彦右衛門
「うむ分かった。それで『とおます』殿は、どれ程の水軍力を持っておられるのかな?」


十枡
「それがこっちに来るまでに、大船団が嵐や故障で脱落していって、最後は漂流して日本にたどり着いたから、今は一隻の船もないんだナ。だけど、資金さえ出してくれたら、すぐに強力な水軍を組む事ができるんだナ。」


章之進
「かなりダメ外人そうですよ。どうするんですか?」


十枡
「聞こえてるんだナ。君よりはマシだと思うんだナ。」


章之進
「む、言うじゃないか!」


彦右衛門
「まあまあ、南蛮の技術はとても進んでいると聞く。ここは十枡に任せてみようではないか。」


十枡
「有り難き幸せなんだナ!では、すぐに港と水軍の建設にとりかかるんだナ。一緒に漂流してきた仲間にも連絡をとるんだナ。やるヨ!」


彦右衛門
「ところで南蛮と一口に申しても、色々な国があるであろう?お主はどこの国なのじゃ?」


十枡
「よく聞いてくれたんだナ。拙者の出身は七つの海を支配することになる大英帝国なんだナ。世界最強の海軍力だから、彦右衛門様の水軍も強くしてみせるんだナ!見ててヨ!」


章之進
「う~ん、頼もしいんだか頼りないんだか、訳の分からん外人なんだナ!」


十枡
「真似しちゃヤダヨ!亜希子は矢田ヨ!」


一同
「うおおぅ!章之進と同じレベルだ!」


 こうして新たな仲間、十枡が加わった。彼の作る水軍は一体どのようなものになるのか。その水軍の力でどのような城を攻め撮るのか。先行き不安なまま物語は続いていくのであった……。


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