彦右衛門
「無事、能島城も攻め撮ったことだし、福山城に帰るとするかのう。」
章之進
「撮り忘れた伏見櫓も攻め撮らないとねぇ。」
彦右衛門
「ふん、抜かりはないわ。おら!見ろ、見ろ、見ろ!きちんと撮ってきてやったわい!!」


義左衛門
「確かに、美しい櫓でございますな。」
彦右衛門
「そうであろう。ついでに、月見櫓と湯殿櫓も撮ってきたぞ。」



章之進
「さあ、目出たく遊びに使えそうな櫓がそろったので、当分休養致しますかのう。村上水軍の海上交易権が入り、我が軍の財政もうるおったことですし。」
彦右衛門
「また無駄遣いをしようって腹だな。借金地獄なのじゃから、絶対ダメ!」
<能島城>
能島城は大島と鵜島の間にある能島と鯛崎島からなる海城である。能島を本城とし、鯛崎島を出城として、複雑な海流の中に浮かぶ二つの小島を城砦化していた。
能島は大きく三段に削平され、南と東の突端に出丸状の曲輪が造られていた。面積は能島が7010平方メートル、鯛崎島が337平方メートルで、標高は24・9メートルである。
能島城跡は現在、桜の名所となっているそうである。
本拠地は対岸の大島にある宮窪にあり、こちらにも村上水軍ゆかりの史跡が残っている。
能島城の主である能島村上氏は、南北朝時代から戦国時代にかけて瀬戸内海の海上交通を掌握していた村上一族の1つで、来島・因島の村上氏と強い同族意識で結ばれていた。
因島村上氏が毛利氏と、来島村上氏が河野氏と結びついたのに対し、能島村上氏は独立性が高く、独自の姿勢を崩さなかった最も海賊衆らしい一族である。
三家の中でも最強を誇った能島村上氏は、武吉の時に最盛期を迎える。武吉は海上交通の法も制定しており、当時の権力の強大さが分かる。
村上氏が制定した法の一例が、大島の村上水軍博物館に掲示されていたので紹介する。
1、難破船の資材・荷物は、その船が流れ着いた浦の寺社の修理費用に充てること
2、船同士が沖で衝突したときは、風下の船の乗組員が一人でも風上の船に救出されれば、風上の船の責任は問わないこと
3、船がいつ寄港地から出発するかは、船頭の判断に委ねること
かの有名なルイス・フロイスもこの能島を訪れていたという。当時の村上水軍の権力の強さを物語る話であろう。
村上水軍は焙烙火矢など、火薬を用いた戦法を得意としており、織田信長との第一次木津川沖海戦でも織田方の水軍を完膚なきまでに破り、本願寺への兵糧輸送に成功した。
しかし、第二次木津川沖海戦では、信長の命令により九鬼嘉隆が造った鉄甲船の前に敗北(村上水軍博物館では、この事実は紹介されていなかった)。以後、毛利家は織田家の侵攻を止めることができず、苦しい戦いを強いられた。
時代は下って、豊臣秀吉の四国平定が完了すると、村上水軍のような自由な海賊衆という存在も許されなくなり、芸予諸島を離れて毛利氏の被官となる。
周防国(すおうのくに)大島に給地をあてがわれ、三田尻を拠点として毛利藩御船手組の頭領を勤めた。
江戸時代以降になると、武吉から元吉と景親の二流に分かれ、景親の子孫は現在まで続いている。
村上水軍博物館には、この景親流の村上氏の子孫の持つ遺物が展示されている。できたてのホヤホヤで、素晴らしい博物館なので是非訪問されたい。
彦右衛門
「よし、まずは島の本拠地を抑えよ!」
義左衛門
「浜に船をつけてなだれ込め!」

右の小島が能島城跡である。中央の山がカレイ山。左の街は大島の宮窪で、能島村上水軍の本拠地があった場所である(周辺地図)。


瀬戸内海の小さな島を城砦として使っている。左の島が能島、右の島が鯛崎島である。鯛崎島にも出城が築かれていた。
宮窪の本拠地とこの能島城で海上交通を抑え、見慣れぬ船が来ると通行料を要求していたものと考えられる。
下に昔の絵図(村上水軍博物館)を載せておくので、上の写真と比較されたい。

俊丸
「彦右衛門様!村上武吉以下、能島城に立て籠りおる様子デブ!」
彦右衛門
「十枡、海上を封鎖し、能島城を囲むのじゃ!」
十枡
「ここらは海流が激しくて、完全封鎖は難しいんだナ。向かいの島にも兵を派して、遠巻きに囲んでしまうんだナ。」
義左衛門
「あの程度の小城なれば、糧食も十分ではありますまい。恐らく、城を枕に自撮を遂げる覚悟かと。」
彦右衛門
「むう、能島村上の自由を尊ぶ海賊らしさは好きじゃ。囲みを解いて、退去させてやるわけにはいかんかのう。」
義左衛門
「この本拠地さえ奪えば、村上武吉は毛利家を頼って落ち延びるしかありますまい。先々の強敵になるやもしれませぬが……。」
章之進
「企画が面白くなるから、やれってことでしょ?」
義左衛門
「ま、そういうことですな。」
十枡
「では、西の囲みを解いて、退去させるヨ。」
村上武吉
「む、西の囲みを解きよったぞ!」
村上吉充
「逃がしてくれるようじゃのう。」
村上武吉
「ならば毛利を頼って落ち延びよう。いずれ雪辱の機会もあろうというもの。彦右衛門め、今回はまんまとしてやられたが、覚えておれよ!」
章之進
「おお、因島家と能島家の小舟が出ますぞ。」
彦右衛門
「よし、能島城を乗っ撮れ!」


彦右衛門
「能島村上水軍攻め撮ったり!」
彦右衛門勢
「エイエイオー!」
章之進
「あのう、威勢よくまとめられたのはいいのですが、城の中の様子なんかは……?」
彦右衛門
ギクッ!
「いや、別にここで公表しなくてもよかろ。」
章之進
「またまたぁ、そんなことおっしゃらずに。」
彦右衛門
「いやね、渡れそうだったんだけど、定期便とか出てなくて、船出してもらうのもお金がかかりそうなんで、行ってないの……。」
章之進
「ちゃんと行きましょうよ〜!」
彦右衛門
「うるへぇ!村上水軍博物館に行って、カレイ山にも登ってたら時間がなくなったんだよ!」
章之進
「えー、一応、能島城跡にも行けるとは思うのですが、本当に行けるかは分かりません。興味があれば、島の人に聞いて渡してもらうといいでしょう。」
おちまい。
彦右衛門
「だああ、危うく焼け死ぬとこだったぞ!」
十枡
「驚かせておけば引き下がるかと思ったけど、案外勇敢だったんだナ。」
章之進
「やっぱり使えねぇ!この害人!」
十枡
「な、なんてことを言うんだナ!」
義左衛門
「それより、村上水軍が調子に乗って攻めてきますぞ!」
彦右衛門
「冷静に戦況を眺めてんじゃねぇよ!てめぇ、また一人だけ先に逃げ出しやがって!」
十枡
「まあまあ、喧嘩はよくないんだナ。大丈夫よ、もう1つ奥の手を持っているんだナ!」
章之進
「おおっ!さすが十枡!」
幸之助
「変わり身の早さは天下一品ダニ。」
十枡
「合図の鉄砲を放つんだナ!」
ダダダーーン!
ぎい、ぎい、ぎい!
彦右衛門
「おお、何じゃ?あの奇怪な船は?」
十枡
「朝鮮の亀甲船、コブクソンなんだナ。漂流した時に知り合った朝鮮人から、作り方を教わってきたんだナ。ちょっと強いヨ!」
村上武吉
「むう、またしても奇怪な船を出してきおって!怯むな!焙烙火矢を浴びせよ!」
コーン!ガシャン!ポッポッ!
村上元吉
「父上!鉄板が張ってあり申す!焙烙火矢は効きません!」
村上武吉
「何い!やむをえん!安宅船を横付けして乗り移れ!接近戦ならこっちのものじゃ!」
水夫
「おう!それ、飛び移れ!」
サクッ!
水夫
「いったあ〜〜〜〜〜!!」
村上武吉
「む、いかんぞ!飛び移るな!上に覆ったムシロの下に、剣が隠されておる!」
十枡
「ふっふっふ、村上水軍敗れたりなんだナ!全軍船一斉突撃なんだナ!」
こうして十枡率いる彦右衛門水軍は、慌てふためく村上水軍を打ち破り、村上武吉の本拠地大島に攻め込むこととなったのであった。
<亀甲船(コブクソン)>
太閤秀吉の朝鮮出兵の際に、李舜臣に率いられた朝鮮軍が使った軍船で、15世紀初めに建造された世界最初の鉄甲船である。
天井に鉄を貼り火矢などによる火災を防ぎ、その上に刃を突き出しておいて、乗り移ろうとする敵兵の足を突き刺す造りになっていた。

<主要データ>
最大速力 7ノット(時速13キロ)
乗員 130名
全長 34・2メートル
幅 10・3メートル
前の記事で載せた安宅船のデータと比べてみよう。
全長 26メートル
幅 9メートル
重量 200トン
将士 20〜40人
水夫 70〜130人
彦右衛門
「ふふ、懲りずに船を集めてきよったのう。十枡!」
十枡
「了解なんだナ!全砲門一斉射撃なんだナ!」

ちゅど〜ん、ど、ど、ど〜〜〜ん!!
章之進
「あれ?彦右衛門様!あやつらひるまずに突っ込んできますよ!?」
十枡
「や、や、や、ヤバいんだナ!」
村上武吉
「よ〜し、見ての通り、弾は当たらん!我らには八幡様の御加護があるのじゃ!安宅船はそのまま前進!関船と小早船は突撃して焙烙火矢をお見舞いしてやれ!」

村上水軍の用いた船の模型。手前から小早船、関船、安宅船である。小早船とは村上水軍の船のうちで機動力を発揮した高速艇である。
関船(せきぶね)は、海上の関を破る船を追撃することから名付けられた。小早船より若干大きい。スピードを上げるために船体は細長くなっており、小早船と同様に海戦において機動力を発揮して活躍していた。敵船に肉薄して焙烙火矢を投げ込むのもこれらの船であったろう。
安宅船(大阿武船)は、日本最初の本格的大型構造船であり、日本の大型専用軍船第一号である。船体はクス、ムク等の堅木の厚板(楯板)で覆われていた。また、織田信長の頃から船体・楯板・屋根も銅板で覆われた。これは火箭(ひや)、焙烙(ほうろく、火炎壜のような武器)による火災防止対策である。海戦の中心となり、多くの将兵を乗せて戦っていた。海戦においても、この安宅船を中心にして陣形が組まれていた。下は安宅船のデータ。
全長 26メートル
幅 9メートル
重量 200トン
将士 20〜40人
水夫 70〜130人
幸之助
「あら?小早船が近づいて来るんダニ!あああ、焙烙火矢ダニ!」

村上水軍博物館の入口に展示されている小早船。この船は平成2年(1990)に小和田哲男先生(東京大学名誉教授)の監修で復元されたものである。

水軍の戦闘を描いた絵。村上水軍博物館の壁にかかっている。一番右に焙烙火矢を投げる水夫(かこ)が描かれている。
彦右衛門
「慌てるな!戦艦大和は最強の鉄甲船じゃ!焙烙火矢なんぞは効かんわ!のう、十枡?って、あら〜ん、何処行った?ありゃ、義左衛門さんもおらんがな!嫌な予感……。」
がっしゃん!ごおおおおおお!!
彦右衛門
「ぐはっ!あち、あちちちち!」
十枡
「彦右衛門様!それはハリボテで造った船にて、燃えやすいんだナ!早く逃げないといけないんだナ!」
章之進
「あら、良く見たら46センチ砲もこけおどし!中には普通の大砲があるだけ!?道理で当てないようにしていたわけじゃ。当たったら威力が分かってしまうがな!」
幸之助
「いかんダニ!火の回りが早いんダニ!急いで逃げるダニ!」
彦右衛門
「だああああ!!」
こうして戦艦大和はものの見事に燃え尽きた……。なんとか別の船に乗り移った彦右衛門だったが、勢いに乗る村上水軍の大船団が近づいていた。
伊予国大島、能島村上水軍軍議の場
村上武吉
「すると見たこともないような大筒を持っておったと申すのじゃな。」
村上吉充
「そうなのじゃ。あのような巨大な船も大筒も見たことがないわ。」
村上武吉
「しかし、その砲撃でやられた船はないのであろう?」
村上吉充
「うむ、あまりの迫力に兵が怖じ気づいてのう。」
村上武吉
「よし、八幡大菩薩の御加護があるゆえ、奴らの弾は当たらんと兵達に申し伝えよ。現に先の海戦では弾は一発も当たってないじゃろうとな。次の海戦では近接戦に持ち込み、焙烙火矢で一気に叩いてくれる。」
村上元吉
「父上、彦右衛門めの船団が参りましたぞ!」
村上景親(かげちか)
「我らも出て決戦に持ち込みましょう!」
村上武吉
「よし、船を出せ!全軍出撃じゃ!」
一方、こちらは彦右衛門軍
章之進
「十枡のおかげで、楽な戦になりそうじゃのう。この戦艦大和があれば、村上水軍なぞはおちゃのこさいさいじゃ!」
十枡
「もっともっと褒めといて損はないんだナ!」
俊丸
「お、どうやら能島村上水軍が現れたようデブ!」
彦右衛門
「因島とも合流して大した数になっておるのう。しかし、彦右衛門水軍にかなうものなし。今度も蹴散らしてやるかのう。にゃははははは!」
ゴツッ!
彦右衛門
「いったぁ!後頭部が後頭部が、ふおおおおおお!」
章之進
「彦右衛門様、ふんぞり返るのはいいですが、後ろには気を付けなされ!それにここは船上にて、あまり反り返ると船から落ちますぞ!」
こうして第二次瀬戸内海海戦の火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた……。
俊丸
「彦右衛門様、新たな同盟締結の使者が参っておるようデブ。」
彦右衛門
「ほっほう、して今回の同盟締結相手は?」
義左衛門
「『武田信玄の副収入のススメ』という城持ち大名の服部トモ蔵殿のようでござる。」
彦右衛門
「城中の様子は既に確認しておるのか?」
幸之助
「抜かりはないんダニ。武田家の武将を中心に人物紹介しつつ、軍資金を掘り当てる研究を致しおるようダニ。」
彦右衛門
「甲州金に代わる軍資金の獲得か。なかなかに難しいであろうな。」
章之進
「色々と掘り掘り致しおるようなれば、その内掘り当てるかもしれませぬ。ともあれ、これで同盟は5カ国になり申した。」
彦右衛門
「うむ、当座の同盟相手は確保したという訳か。とりあえずはこれでよしとして、後は個別に申し込んで来られる方があれば、対応していくとするか。」
章之進
鼻くそ、ほ〜じほ〜じ
「んなこと言って、実は紹介記事のアップが追いつかないんでしょう?」
彦右衛門
ギクッ!!
「むうむうむう。」
義左衛門
「まあまあ、本文中の紹介なしでも同盟を申し込んで来られる方もおりましょう。当初の予定通り、個別に対応されればよろしかろう。詳しくは、再度の募集を記事にアップすればよいではありませんか。」
彦右衛門
「その通り!」
一同
「ともあれ、目出たく同盟締結致し申した。これからもよしなに。」






