彦右衛門
「さて、山上まで攻め上がらねばならんが、天下に名だたる山城じゃ。どのように攻め撮るかのう。」
義左衛門
「別働隊を組織し、裏道より城内に忍び込ませ、合図と共に内と外から一斉攻撃するのが上策でしょう。」
彦右衛門
「となると、章之進じゃな。」
章之進
「そうくると思いましたよ。はいはい、やりゃいいんでしょ。」
彦右衛門
「では、本隊はろーぷうぇーにて山上まで行き、章之進の合図があるまで待機。」
章之進
「え、拙者だけ歩いて登れってか?」
義左衛門
「はい、これが地図ね。迷子にならないように。ほら、ヒョウタンの水筒に水を入れてあげたから、うまく潜入できたらこれを振って合図ね。」

稲葉山城(岐阜城)の天守閣がある山頂には、複数のハイキングコースが通っている。時間があれば、登ってみるのもよい。山頂には西山麓からロープウェーが通っており、食堂もある。
章之進
「ぜは〜、ぜは〜、何でいつも拙者だけ………。」
彦右衛門
「さて、ここはどこじゃな?」
義左衛門
「『天下第一の門』とありますな。でも、この冠木門は後世の作。信長の偉業を称え記念に建てたもののようですぞ。」
彦右衛門
「じゃ、関係ないのね。では、もそっと兵を進めよう。」

彦右衛門
「おっと、厄介そうな難所が見えてきたぞ。」
義左衛門
「上格子門ですな。抵抗が激しそうですぞ。ここで章之進からの合図を待ちましょう。」

上格子門(あげこうしもん)跡。城下の大手門から七曲道と呼ばれる急な坂道を登ってくると、この門に着く。左手は切り立った崖、右手に岩塊があり、頂には七間櫓が築かれていた。本丸へ至る道の途中に天然の地形を生かして作られた要害で、慶長5年(1600年)8月23日、関ヶ原合戦の前哨戦において、東軍・福島正則の兵と岐阜城主・織田秀信の兵がこの地を巡り激しく争った。
彦右衛門
「それ、お次は城主の居館を攻め撮るのじゃ。」





岐阜城のある金華山の西麓には、織田信長の居館跡が残っている。戦国大名に相応しい豪壮な石垣の跡も残り、往時を偲ばせる。信長時代には山頂の天守閣の他、山麓の居館も高層の建物で構成されていた。下は、信長時代の岐阜城の様子。

義左衛門
「さすがは北から西に長良川、南に木曽川、さらに西に揖斐川を抑え、南には広大な濃尾平野をにらむ要衝。繁栄振りも一筋縄ではありませんな。ここを撮れば、いよいよ天下も見えてくると申すもの。」
彦右衛門
「城主の龍興は、既に山頂に逃げ失せたか。」
章之進
「では、すぐに攻め立てましょう!」
彦右衛門
「よ〜し、まずは周辺の地図で、この辺りの地形を確認じゃ。」
義左衛門
「城の西麓が城下町のようですな。」
彦右衛門
「それ、まずは岐阜の町を攻め撮れ!」
幸之助
「心得たダニ!」



岐阜城の西麓、岐阜公園内にある歴史博物館はお勧め。同公園内から岐阜城本丸のある金華山山頂に向けてロープウェーも運行されている。また、同公園内には織田信長居館跡も整備されている。
章之進
「ごめんよ〜、邪魔するでぇ〜。」
町人
「邪魔するんやったら帰ってぇ〜。」
章之進
「あいよ〜。」
義左衛門
「う〜ん、ベタベタな吉本新喜劇のネタですな。章之進め、腕をあげおって。」
彦右衛門
「…………………。」
章之進
「またまた長期間のご無沙汰でしたな。」
彦右衛門
「仕方なかろう。こっちだって忙しいんだから。で、どこからだっけ?」
義左衛門
「斎藤道三殿の居城・鷺山城へ向かうところからです。」
彦右衛門
「よっしゃ、行くぞ!」

写真中央を流れる川が、道三と義龍が激突した長良川。稲葉山城(岐阜城)の北(写真右手)から西(写真正面)を周り、南(写真左手)に向かって流れている。その奥、真ん中やや上寄りのこんもりとした緑の小山が鷺山城跡で、道三の隠居城であった。
俊丸
「報告デ〜ブ!斎藤道三殿、長良川にて義龍の軍勢と激突し、あえない御最期!」
彦右衛門
「何ぃ、間に合わなかったかッ!」
章之進
「って、そりゃあんた、3ヶ月も更新をさぼったら間に合わんわな。」
彦右衛門
「いや、そういう事情は関係ないから。」
俊丸
「もう1つ報告デブ。義龍も病により死亡したようデブ。」
彦右衛門
「ほらみろ、えっへん、さぼったから強敵がいなくなったじゃないか。」
章之進
「雑な話の進め方ですな。」
彦右衛門
「う、うるしゃい。身長が2メートルに達するような化け物武将なんか、相手にしておられるか!」
義左衛門
「ともあれ、跡継ぎの龍興は当主の器ではないようです。一気に城を囲み、裏道から別働隊を忍ばせ落としましょう。」
彦右衛門
「よし、ものども、かかれ!」





