<新庄山城(奈良部城)>
乙子城と沼城の中間点に位置する連郭式の山城。尾根伝いに郭を縦列に配し、先端に堀切を設けているそうである。本丸以外の郭は確認できなかった。
詳しい築城年代は分かっていないが、沼城城主であった中山備中守(宇喜田直家の義父)の家臣、新庄助之進の居城と伝わっており、16世紀前半ではないかと推測されている。現在の姿は宇喜田直家時代に改修されたものとのこと。
浦上宗景の臣として乙子城を与えられた宇喜田直家は、天文18年(1549)、謀反の疑いをかけられた同族の浮田大和守を砥石城に攻め滅ぼした(本文参照)。砥石城はすぐ西隣に領地を持つ高取山城の島村豊後守(直家の祖父を謀殺した人)に与えられ、直家にはここ奈良部城が与えられた。新庄山城というのは、現在の呼び名らしい。
宇喜田直家が沼城から岡山城に移った際に廃城になった。
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