義左衛門
「さて、それでは備前南部の穀倉地帯を手に入れ、保有兵力を一気に増やしますぞ!次なる目標は砥石城。城主は浮田国定です。」
彦右衛門
「浮田?宇喜多直家のなんかか?もう嫌だって、あんな化け物とやりあうのわよ!」
義左衛門
「大丈夫、直家程ではございませぬ。直家の祖父の異母弟にございます。ただ、砥石城は堅固要害の城にて、しかもちょっと……。」
章之進
「そのちょっとが、いつもちょっとじゃないのよね。もう危ない目は勘弁してよ!」
義左衛門
「まま、今回も策を用いまするぞ。」
義左衛門
「着きましたぞ。では、我らが軍勢にてまずはひと当て!彦右衛門殿、攻撃命令を!」
彦右衛門
「よし、かかれ!」
その時、城内より一人の若武者が出て来た。
岩法師
「どこを攻めてきよるんじゃ!了見違いもほどほどにせぇよ!我こそは音に聞こえた岩法師!この儂が相手になったらぁ!うおりゃああああ!!」
彦右衛門
「うわっ、何あの子?先手が崩れるぅ!って、あれ?義左衛門さんはどこ行った?」
章之進
「って、あらいやだわ(←なぜカマ言葉?)!もう後ろに向かって遁走してますよ!!」
岩法師
「お前が大将か!これでも喰らえや!!」
彦右衛門・章之進
「ぎええええええ!に、逃げろ逃げろ!!」
半刻後(約1時間後)
彦右衛門
「あー、死ぬかと思った。あら、章之進君、兜に矢が刺さってるよ!頭は大丈夫ぅ?」
章之進
「彦右衛門様こそ、お尻に2本刺さってますよ!」
彦右衛門・章之進
「えへへ、いぐさはやっばりいげないね。って反省してる場合じゃなくて、いったぁーーーーい!!痛い痛い痛い!!」
義左衛門
「うーむ、やはり岩法師が出てきましたな。奴はこの辺り一円に名を知られる豪傑にござりまする。まずは傷の手当を!」
彦右衛門・章之進
「もう、早く言ってくれよ!つーか、真っ先きって逃げ出してんじゃねぇよ!ええ加減にしてねん!!」
義左衛門
「まあまあ、これにて策の半ばは成功。奴ら今頃、戦勝に驕って、酒盛りなとしておりましょう。間道伝いに兵を進めて一気に落とすのです。岩法師が立ちふさがりましょうが、我が軍の弓の名手に射させて退散させましょう。」
彦右衛門
「尻痛いけど、頑張らないとダメなわけね?はいはいっと、もうやけじゃ!それ、体勢を立て直して進軍開始じゃ、一気に落とせ!!」
不意をつかれた砥石城は備えもできていなかった。
岩法師
「おどりゃぁ、図りくさったなぁ!」
彦右衛門
「うわわ、出てきよった!弓隊!」
弓衆
「ははっ!それ射て、射て!!」
一本の矢が岩法師の手を射ち抜き、さしもの岩法師も抗戦できず撤退していった。
彦右衛門
「今じゃ!かかれ!!」
本丸北西の石垣
この石垣は後世のもので、戦国時代のものではない。

義左衛門
「おお、西の出城にも我が軍の旗が立ちましたぞ!」
彦右衛門
「よし、砥石城、攻め撮ったり!勝鬨じゃ!!」
彦右衛門勢
「エイエイオー!!」
本丸より北方を望む 吉井川が北から南に流れ、北には旧福岡の市(現長船町)がある

義左衛門
「ご覧あれ、この肥沃な平野を!また、ここからは西日本最大と言われた福岡の市も近い。刀剣、火縄銃といった武器の調達も容易になる上、経済的にも確固とした地盤を手に入れましたぞ!!」
彦右衛門
「これで韋駄天の術も生きるのう。これからは何処なりと攻め撮ってやるぞ!わははのは!!」
章之進
「彦右衛門様、ケツから血が出てんすけど……。」
彦右衛門
「うわわぁ、誰か止めて止めてぇ、死ぬ死ぬ死ぬぅ!!」
義左衛門・章之進
「なんて大げさな……。こんなんで天下統一できんのか?」
義左衛門
「って、章之進も頭から血が噴いて噴水みたい、あはは!」
彦右衛門・章之進
「お前のせいじゃ!!」
<砥石城>
砥石城は元々宇喜田家の持ち城でした。直家の祖父、能家(よしいえ)は備前守護代、浦上家三代に仕えた名将でしたが、戦で次男を失い落胆して隠居していました。
そして月日が過ぎ、天文3年(1534年)、老衰した能家を見てチャンスと判断した西隣の高取山城主、島村豊後守に急襲され自害します。先代主君の浦上村宗の遺命という口実でした。
主君、浦上宗景は功臣能家を討った島村豊後守にこの城を与えず、能家と仲の悪かった異母弟の浮田国定にこの城を与えます。
この浮田国定の配下に岩法師という若武者がいました。胆力、体力、武芸に秀でた侍で、宇喜田直家が成長して浦上宗景の配下となり、浮田国定に謀反の兆しありとして、浦上宗景の命でこの城を攻めた時、奮戦し名を上げます。
岩法師はこの功により、元服して馬場次郎四郎職家(もといえ)と名乗ることを主君浮田国定から許されます。
手を焼いた直家は、一計を案じます。わざと戦に負けて、弱いと見せて油断させ、浮田国定が正月の祝いをしている最中に間道伝いに兵を進めて一気に砥石城を落としてしまったのです。時に天文18年(1549年)のことでした。
岩法師改め馬場職家はこの時も奮戦しますが、攻め手の兵に手を射られ、思うように働けなくなって止むなく撤退します。
しかし、この武勇に惚れ込んだ直家は彼を手厚く迎え、配下の武将としました。次郎四郎職家はその後、美作三星城防衛戦(この後あたりで重介職家と名を改めている)、金光家からの岡山城の接収、毛利家との間で行われた備前八浜合戦の八浜七本槍の一人に数えられるなど、数々の戦に参戦し、その武勲は素晴らしく、直家の創業を助けました。
未だ、信長の野望などの歴史ゲームに登場していないのが、とても不思議で残念な武将の一人です。
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