日本の城  日本の城高取山城 備前 四
日本の城を写真にて攻め撮るのでござる。おかしな物語と共にいざゆかん戦国無双の城撮り名人の道!
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日本の城を攻め撮れー城撮り物語ー

義左衛門
「砥石城を手に入れたので、ついでに西に十町(約1100メートル)程行った場所にある高取山城も攻め撮りましょう。城主は島村豊後守、剃髪して貫阿弥と名乗っておるそうにござりまする。」


彦右衛門
「島村貫阿弥か。今回は大したことなさそうね。」


義左衛門
「いえいえ、かの宇喜田直家の祖父、宇喜田能家を急襲し自害させた名うての曲者にござりますれば、油断は禁物にござりまする。ちと策を考えましたので、その策にて討ち撮ることに致しましょう。」


彦右衛門
「また危ない目に遭わせるんでしょ?」


義左衛門
(い、いかんな、疑心暗鬼に陥っておる。軍師としての信用を取り戻さねば!)

「いえいえ、滅相もない。今回は全く危ない目には遭わせませぬ。まずは新たな仲間、俊丸を使者として高取山城に行かせ、こう申すよう御命じなされませ。『我ら表裏比興の輩、宇喜田直家と浮田国定の居城を攻め撮りしものの、何分人手不足にて領内の統治もおぼつかぬ態にござりまする。ついては島村殿のご助力を仰ぎたく、御加勢頂けるなら砥石の城を明け渡しまする。ご了承頂けるなら、早速沼の城にお越し頂きたい。』と。」


彦右衛門
「その上で沼城に来た所を討ち撮るのじゃな。」


義左衛門
「御明察恐れ入ります。逃がさぬように、所々に伏兵を配置なさりませ。討ち撮った後は間髪入れずに高取山城を乗っ撮りましょう。山城にて相当に堅固なれば、こうでもせねば今の我が兵力では簡単には落とせますまい。」


彦右衛門
「よし、では俊丸!」



 ドスドスドスーン!



俊丸
「伊賀の俊丸推参デブ!」


義左衛門
「な、なんですか、この異物は!しかも語尾のまんまのデブじゃないですか!俊丸というから大層な忍者かと思いきや!」


彦右衛門
「いやいや、商売するうちに金が儲かってな、で、大金使って片っ端から食ってたらこんなになったんだと。」


俊丸
 モフモフ、グチャグチャ

「この菓子うまいデブ。ちょっとこんな身体になって、仲間内には居ずらくなってたブ。彦右衛門殿に誘ってもらって嬉しかったブ。修行は怠ってないから、きちんと働けるデブよ。」


義左衛門
「修行してたら、そんな身体にはならんだろうに……。」


彦右衛門
「まあまあ、俊丸よ、聞いての通りじゃ。早速、使者の役を頼む!」


俊丸
「分かったデブ。行って来るデブ!」



 ドスドス、ドスドスドスドス!タァーン!!



義左衛門
「うお、早ッ!しかも、なんて身軽なデブ!!」


彦右衛門
「どうじゃ、なかなか捨てたもんでもなかろ?」


義左衛門
「う、うーん………。」


 半刻後(約1時間後)


俊丸
「行って来たデブ。大喜びで七、八人の供を連れてこちらに向かってくるデブ。」


彦右衛門
「よし、手はず通り追手門は閉めておけ。島村貫阿弥が来て名乗れば、開けて本丸に引き入れよ。」


 二刻後(約4時間後)


島村貫阿弥
「む、のこのこと来てはみたものの、追手門がしまっておる。開門、開門!島村じゃ!」


 ギイイ


島村貫阿弥
「むうう、城内に殺気が立ちこめておる!謀られたぞ!者共、急いで引き返せ!」


義左衛門
「さすが名うての曲者、気付かれましたぞ!」


彦右衛門
「逃がすか!島村貫阿弥殿、御写真頂戴致す、御免!!」


 パシャパシャパシャッ!


彦右衛門
「島村貫阿弥、討ち撮ったり!このまま一気に高取山城へ押し寄せよ!」


高取山城 真ん中の頂上付近が本丸

高取山城


義左衛門
「到着致しましたぞ。島村勢のうち屈強な者共は、救援にくるところを伏勢にて討ち撮っておりますゆえ、城中は弱卒ばかりでございましょう。」


彦右衛門
「よし、かかれ!」


登山口 「従歩30分」とある 「徒歩」を書き間違えたのか、「歩みに従って」という風流な表現なのかは不明

高取山城登山口



   ゴロンゴロン


高取山城登山道


義左衛門
「うわっ!丸太を落としてきよった!!ぎょえええええ!!」


彦右衛門
「おーい、大丈夫?」


義左衛門
「ちょ、ちょっと骨が折れたくらいかな……。」


彦右衛門・章之進
「あはは、腕が変な方向に曲がってるぅ!少しは痛い目見れて良かったじゃん!」


義左衛門
「むううう!」


城内三カ所にある井戸の一つ。頂上に降った雨が流れ込むような場所にある。山城の場合、井戸を占拠されて落城することが多い。

井戸


彦右衛門
「水の手を取れ!これで抵抗も無意味と知るであろう!」


俊丸
「了解デブ!」


堀切 山城によくある尾根が伸びる方向に対して直角に掘る空堀 
三の丸の下の曲輪から撮影

堀切


三の丸跡

三の丸


二の丸跡

二の丸


本丸跡

本丸


   なんとか落城!


俊丸
「落城したデブ!」


彦右衛門
「はぁ、しんどい山道じゃったのう。これで強兵がおったら手も足も出んかったところじゃわい。義左衛門様々よ。」


義左衛門
「お褒めに預かり恐悦至極。ご覧あれ、砥石城と同じく千町平野を一望できまするぞ。肥沃な土地がさらに増え、御味方も増えましょうぞ!……あいたたた。」


彦右衛門・章之進
「文字通り骨を折って頂いて、普通なら同情するとこだけど、今回は非常に小気味がいいので、笑ってやることにしよう、わははのは!」


義左衛門
「…………。」


二の丸から北方を望む 右上方が福岡の市(備前長船)

二の丸から北を望む




<高取山城>


堀切にある城の案内板 左の縄張りの図からも堅固な城郭であったことが分かる

看板


 高取山城は、宇喜田家と共に浦上家の双璧をなした島村家の居城です。城郭の規模は砥石城よりも大きく、往時の繁栄ぶりが伺えます。


 天文3年(1534年)、城主の島村豊後守は主君浦上村宗の遺命と称し、宇喜多直家の祖父を砥石城に攻めて自害させました。直家、時に6歳。父の興家と共に脱出し、以後長船の豪商の元へ身を寄せます。


 その後、永禄2年(1559年)、島村豊後守は、宇喜多直家の舅の中山信正と図って松田氏に寝返ろうと画策していたところを、主君浦上宗景の命を受けた直家に謀殺されました。


 直家は、まず舅の中山信正を沼城にて謀殺します。沼城からそれを知らせる狼煙が上がると、予て申し合わせた通り、浦上宗景の書状を持った急使が高取山城に派遣されました。


 「中山信正に謀反の疑いがあった為に、直家に命じて誅殺させた。ついては島村豊後守も沼の城を守る為に至急沼城に来るように。」との命令書でした。


 謀略とも知らずに、7、8人の供回りを引き連れただけで沼城に来た島村豊後守は、暗殺されてしまいます。急を聞いて駆けつけてきた高取山城の侍達も、皆、宇喜田直家の伏せていた軍勢に討ち取られてしまいました。こうして高取山城は、物の役に立たない雑兵しか残っていなかったため、直家の軍勢にあっさりと乗っ取られてしまいました。


 沼城と高取山城の二城を謀略で陥れた直家は、祖父能家の仇を討つと共に、沼城と島村豊後守の所領の過半を加増され、浦上家中の筆頭となりました。これより以後は、独自の軍事行動により勢力を拡大していくことになります。




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