義左衛門
「ようやく兵力もそろってきましたな。今後は討って出ますぞ。まずは彦右衛門殿の生国、美作へ兵を向けましょう。美作の南部、弓削の庄にある小松城へ参りましょうぞ。彼の庄には銀山、銅山があり我が軍の経済戦略上重要にござりまする。また、因幡街道の要衝にて美作中央部と備前の国をつなぐ重要拠点にござりまするぞ。」
彦右衛門
「よし、では兵を集めて韋駄天の術を使うぞ!あ、そおーれそれそれ!!」
彦右衛門勢
「あ、そおーれそれそれ、どっこいしょ!」
俊丸
「うーん、気合いの入らない掛け声デブ!」
章之進
「やかぁしゃぁこのデブ、変なしゃべり方をするお前には言われとうないわ!」
ギューン、ギュン、ギュン、ギュン、ダダダダダ
彦右衛門
「よし、着いたぞ!」
義左衛門
「それでは、まずは軍議を開きましょう。」
彦右衛門
「またも山城……これまたなかなかに堅固な城じゃ。」
義左衛門
「まず韋駄天の術にて、疲れている兵を休めましょう。ここら辺りの豪族のこもる城にて、攻略も容易かと思いまする。明日、一気に攻め落としましょうぞ。」
その夜、
俊丸
「ひ、ひ、ひ、彦右衛門様!城方が夜襲を仕掛けて来たデブ!」
彦右衛門
「な、な、なにゅうぅ?我が軍に恐れをなして、大人しくしておるはずじゃなかったのか!」
義左衛門
「ともあれ、すぐに立て直して反撃を!」
章之進
「いや、既に先手の兵に多数の損害を与えて、引き揚げておりまする!」
義左衛門
「ぬうう、なんと鮮やかな進退よのう。思い出した!ここには、沼本新右衛門景直という知勇兼備の将がおったのじゃ。私としたことが、たかが田舎の小城と思うて油断しておったぞ。これは一筋縄ではいかぬかもしれませぬぞ。」
彦右衛門
「まあよい、今晩はこの程度で済んでよかったではないか。城兵は見た所300程であろう。明日になれば一気に攻め撮ってくれるぞ!」
翌日、
章之進
「やや、あれに見えるは沼本景直!またも討って出てきたか!小勢のようじゃぞ、討ち撮れ!」
景直
「のこのこと出てきおったな。よし、一当てしたら引けぃ!」
章之進
「少ししか戦わずに逃げるとは!このまま追いかけて城を乗っ撮れ!」
城門付近にて、
景直
「今じゃ!全軍で討って出よ!」
章之進
「う、う、うっきゃー!はめられたぁ!引け引けぃ!」
義左衛門
「うーん、物の見事に遊ばれておりまするな。それにしても見事な采配。強攻策はいたずらに兵を失うのみ。ここは一つ、策を用いましょう。俊丸!」
俊丸
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン、デブ!」
義左衛門
「どっかの大魔王のような登場の仕方をするでない。それともうそのネタは古くて良い子の皆には通じんぞ。それに、我々の年齢もばれるからやめなさい!これより、天神山城の浦上宗景の元へ行き、城下にて沼本景直に謀反の兆しありとの流言を撒いて参れ!」
俊丸
「了解デブ!」
ドスドスドス、スタタタタ!
数日後、
俊丸
「流言により宗景は疑心暗鬼に陥ってるデブ。もうすぐ詰問の使者がやって来るデブ。」
義左衛門
「でかした!これで後巻きの兵が来ぬと分かれば、城を捨てて退散致すであろう。」
彦右衛門
「おお、城の旗が無くなっていくぞ。それ今じゃ、乗っ撮れ!」


めでたく乗っ撮り成功!
彦右衛門
「うーん、苦労したのう。一時はどうなることかと思ったぞ。」
義左衛門
「景直は戦功多き勇将なれば、この程度の被害で済んでようござった。ともあれ、この地の鉱山と戦略上の拠点としての価値は高いですぞ。ここは庄全体が天然の要害となっておりまするゆえ、守るにも便利でござろう。ここを拠点に美作を経略致しましょうぞ。」
<小松城と沼本(ぬもと)新右衛門景直(後改めて房家)>
沼本新右衛門景直は、宇喜田直家の配下として様々な資料に登場しますが、その実際の略歴は資料によって様々です。居城も小松城から、蓮華寺城、美作大庭郡の多田山城などとなっています。元々、美作に資料が少ないことに加えて、事績多く居城も状況に応じて転々としたため、人々の話も様々になって記録もバラバラになったのではないでしょうか。
沼本氏は元々赤松家、次いで浦上家の家臣だったのが、この弓削の庄の豪族達と共に宇喜田方につきます。景直もその後宇喜田直家の侍大将として、美作高田城攻略戦で花房助兵衛職之(もとゆき)と共に先鋒をつとめ、美作諸城の改修、岩屋城攻略戦、備前八浜城防衛戦等に活躍しています。
毛利家の事績をまとめた陰徳太平記によると、以下のように書かれています。
沼本景直が知勇兼備の将で浦上宗景の片腕ともいうべき人物だったことから、天神山城攻略を目論む宇喜田直家にとっては邪魔な存在でした。
そこで直家は、天神山城下に景直に謀反の兆しありと間者を使って流言を流布し、浦上宗景を疑心暗鬼に陥らせます。宗景が景直を誅殺しようとしたので、止むなく景直は出奔。そのまま九州を放浪し、四国に身を寄せます。
これを知った宇喜田直家は、元々知勇兼備の良将であることを知っていたので、すぐさま呼び寄せ、親交を結び幕下に迎えたとのことです。
そして、播州に城を一つ任せますが、これを知った浦上宗景は2000騎の兵をもって攻め寄せます。しかし、景直は200騎の兵で夜襲を敢行し、これを散々に打ち破りました。
この他、美作古城記によると、弓削の庄の豪族達が浦上宗景に従わないので、宗景が怒って小松城の東にある全間村(またまむら)の蓮華寺城を攻めさせた時に、蓮華寺城主難波十郎左衛門らと共に奮戦し、守り抜いたとの記述があります。この時、少人数で仕掛け、引いて相手方が調子に乗って攻め寄せ、城に入ろうとしたところを城兵を一度に攻め出させ追い崩したとされています。
いずれにしろ、有能な武将であったことは間違いなく、その後も様々な戦いに登場します。しかし、羽柴秀吉の高松城水攻めの際、支城である備中加茂の岡崎城攻めで討死したと記録されています。
信長の野望では沼本房家の名で登場したことがありますが、最近の作品では出ていません。中国地方の武将は、著名な諸大名の武将達に押されて何かと割を食いますね(笑)。
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