日本の城  日本の城明禅寺城 備前 八の一
日本の城を写真にて攻め撮るのでござる。おかしな物語と共にいざゆかん戦国無双の城撮り名人の道!
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日本の城を攻め撮れー城撮り物語ー

彦右衛門
「随分攻略が進んだのう。そろそろ何じゃな、ほれ、ちょっと高い建物のついた城が欲しいのう。」


義左衛門
「左様でござりますな。兵力も5千を超えて、戦国大名としての風格も出て来ましたからのう。」


章之進
「そうそう、それにええ加減地味な山城ばかりだと、見てる人も飽き飽きですよ。やぱし、象徴ともいうべき天守閣がないとお城の写真も締まりませんって。」


彦右衛門
「お前はいつもズケズケと痛いところを突いてくるのう。少しはオブラートに包んでモノを言ったらどうじゃ。」


章之進
「そりゃそうと、どうします?この辺りに天守閣のある城ってあったっけ?」


義左衛門
「そのことじゃが、現在の沼の城から西に進んで旭川を渡った場所に、天神山、石山、岡山と3つの丘が連なった場所がある。広い平野の真ん中に位置しており、旭川の水運も用いれば城下の発展は間違いない場所じゃ。」


彦右衛門
「ふむ、その地を手に入れて城を築こうというのじゃな?」


義左衛門
「御明察恐れ入ります。しかし、備中の三村の勢力が備前にも進出してきておりまする。三村家親と申す猛将にて、毛利元就の後盾も得ておる様子。現在、石山に城を構えおる金光宗高も三村の勢力に屈しておる様子。」


俊丸
「そのことにござるデブ。三村家親が最近美作の小松城の辺りに進出しておるようデブ。」


章之進
「お主、許された途端にリバウンドしよったのう。しかも、前より一段とでかくなっておるようじゃないか!」


俊丸
「黙るデブ!緊急の情報デブ!それに拙者の体型は秘薬でいつでも元に戻せるデブ!!」


彦右衛門
「三村の進出を止めねばならんか。しかし、相手の兵力も多いし、名うての猛将相手に正面からぶつかる訳にもいくまい。」


義左衛門
「そのことにござるが、今度も暗撮をしてみてはいかがでござろう。」


章之進
 ギクッ!

「暗撮はもう止めましょうよ。危ない目はもう嫌ですよ。やるんなら俊丸にでもやらせましょう!」


俊丸
「拙者が行くデブか?しかし、近侍の者も多かろうし、近寄って暗撮することは難しいデブよ。」


義左衛門
「心配致すな。新たな仲間を得ておるのじゃ。長距離写激の名手じゃ。地理にも詳しいから、今回の暗撮にはうってつけでござろう。幸之助を呼べ!」


近侍
「ははっ、ただいま!」


 暫くして、


幸之助
「お呼びでござるかニ?」


一同
「は、ハゲ!?」



幸之助
「い、いきなり会って初対面で大層な挨拶ダニ!」


章之進
「いや、しかし、まだ若かろうにモノの見事に……。」


彦右衛門
「毛が一本残らず……。」


俊丸
「哀れデブ……。」


幸之助
「や、やかましゃあ、このデブ!お前にだけは言われとうないわ!!」



義左衛門
「おお、皆の衆、この者の技術は保証致す。天下無双と言っても過言ではない。砲術にも通じておれば、必ずや役に立ち申そう。むしろ機嫌を損ねて他家に走られては一大事でござるぞ!非礼を侘びられよ。」


彦右衛門
 深くお辞儀をしつつ、

「これは済まぬことを申した。あまりにも見事に毛が無かったものでのう……。どうか力を貸して頂きたい。この通りじゃ。」


幸之助
「全く、あんまりな対応だったニ。しかし、彦右衛門殿に頭を下げられては断る訳にはいかんダニ。」


章之進
「おお、良かった良かった。何より拙者が危ない目に遭わずに済みそうで良かった!それに幸之助なら『毛が無く』お役目を果たせるであろう……うーん、うまい!」


彦右衛門
「お前も補助役として同道してもらうぞ!」


章之進
「げっ!!」


義左衛門
「それでは幸之助よ、章之進と共に美作に向かってくれ。」


幸之助
「はは!」


俊丸
「拙者が得た情報では、家親めは久米郡籾村の興禅寺に陣を張っているとのことデブ。」


幸之助
「章之進、急いで参るダニ!」




 1日後、


幸之助
「さあ興禅寺に着いたダニ。三村兵の振りをして本堂に近付いてみるダニ!」


章之進
 指に唾をつけて障子に穴を開けて、
 「おお、おるわおるわ!軍議の真っ最中じゃ!」


幸之助
「では彦右衛門様から頂いた長距離写激用の望遠レンズをつけてと……。」


章之進
「ふ、ふえっくしゅん!!」


幸之助
「ああっ!なんて事をするダニ!レンズがお主の唾液でグシャグシャダニ!」


章之進
おたおたおた

「お、落ち着くのじゃ!拭けばいいではないか!」



 つ、つーん



幸之助
「く、くっさー!お主の唾液はもの凄い悪臭なんダニ!」


章之進
「う、うるさい!余計なお世話じゃ!そんなことより急ぐのじゃ!」


幸之助
 キュッキュッ

「これでよしと。」


 スチャッ

「狙うダニ!」


章之進
「さっきのゴタゴタで軍議が終わってるぞ。家親は仏壇にもたれて寝ているようじゃ!」


幸之助
 バシャッ、バシャバシャバシャ!!


 幸之助の写激は見事に家親の額を捉えた。


「三村家親討ち撮ったり!」


「章之進、逃げるダニ!」


章之進
「心得た!逃げるのは得意よ、俺!」


 大将を討ち撮られた三村軍は、重臣三村孫兵衛の機転により混乱する事なく備中へ引き揚げていった。




 2日後、


彦右衛門
「ご苦労であった。しかし、三村家親の消息は不明じゃ。本当に討ち撮ったか、俊丸に情報を集めさせておる。」


俊丸
「やったデブ。引き揚げた三村軍は、備中に辿り着いてから意気消沈しておるデブ!家親も魂を抜かれたとの噂が出ておるデブよ。もう備前には攻めてこれないデブ!」


一同
「おお、幸之助よ、大手柄じゃ!」


章之進
「いや、『毛が無くて』何より何よりじゃった。」


一同
「もうお主のダジャレはいいから!」





<三村家親暗殺>


 三村家親の備前、美作での軍事行動に対し、三村勢同様に備前制覇を目論む宇喜田直家は、度重なる備中勢の進出を阻止する方策を練らねばならなくなりました。


 その矢先、加茂郷の遠藤又次郎、喜三郎兄弟の噂を聞くこととなります。この兄弟、浪人の身ながら、三村家親の本拠であった備中成羽に居住し家親を見知っており、また三村家中に知己もあるとのことでした。彼らは美作の地理にも詳しく、暗殺には好都合の人物だったのです。そこで、直家は2人を召し出し、家親暗殺を依頼しました。


 そうとも知らず、三村家親は永禄9年(1566)春、再び美作に侵入しました。遠藤兄弟は、兼ねて計画していた短筒による暗殺を実行に移すべく、家親を探し求めて美作に入りました。そして方々を歩くうち、家親が久米郡籾村の興禅寺に在陣していることを突き止めます。


 兄弟は見知った地理を生かして興禅寺境内に忍び込み、つばで指を湿らせ障子に穴を開けると、丁度軍議の真っ最中でした。早速、短筒を撃とうとしましたが、火縄が立ち消えになってしまいました。これでは短筒は撃てません。


 この時、弟の喜三郎が機転を利かせ、三村方の侍を装い番兵に声をかけつつかがり火の近くまで近付き、わざと羽織のすそに火をつけました。番兵が焦げ臭いと言うと、驚いた振りをして物陰に走り込み、火縄に火を移すことに成功します。


 こうして狙撃の準備が整い、もう一度寺の中を見ると、軍議は終了し家親が仏壇にもたれかかって居眠りをしているのが見えました。そこで、短筒の銃口を向け狙いを定めて撃ったところ、弾は家親の頭部を撃ち貫いたのです。


 境内は一時騒然となりましたが、その間に遠藤兄弟は退散する事に成功しました。


 三村方の重臣、三村孫兵衛が軍の動揺を抑えるべく家親の死を隠したので、三村勢は混乱する事もなく備中へ引き揚げました。その後、家親の死が知れ渡ることとなり、三村勢は意気消沈しました。


 直家は三村家親の死を知り、遠藤兄弟の功を讃え、兄、又次郎に浮田の性を与え浮田河内と名乗らせ、4500石の大身に取り立てました。


 現在の御津郡御津町にある三谷川という旭川の支流沿いに、徳倉城跡があります。そこが永禄11年(1568)、松田氏の玉松城(金川城)落城後に遠藤河内守居城となり、 1万石を与えられたと伝わっています。但し、宇喜田家の侍分限帳では、遠藤河内守の禄高は4500石となっているようです




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