日本の城  日本の城名護屋城 肥前 十の三
日本の城を写真にて攻め撮るのでござる。おかしな物語と共にいざゆかん戦国無双の城撮り名人の道!
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日本の城を攻め撮れ!ー城撮り物語ー

義左衛門
 「よし、本隊は作業を終えたようじゃ!最終段階に入るぞ!三の丸から続く本丸大手口から本丸に入る!」


写真は拡大します
本丸大手口
本丸大手口
 三の丸と本丸をつなぐ通路で、三の丸から上ると右に折れて本丸に至る。


彦右衛門
 「おお、義左衛門!参ったか。ここも広大な曲輪じゃぞ。」


義左衛門
 「最終仕上げにござりまする。さっさと終わらせましょうぞ!」


本丸跡
本丸跡
 100M四方はあろうかという広大な曲輪である。天守を含めた6基の重層櫓群が防御を固め、多聞櫓がこれらの重層櫓を連結していた。また、曲輪内には御殿もあった。

多聞櫓跡
本丸多聞櫓跡

天守閣跡
天守閣跡
 築城当時、九州最大の天守があった。5重の天守は破風を多用し、壁面は全て白漆喰を塗り込めたもので、最上階には廻縁(まわりえん)を設け、外に出て眺望を楽しむことができた。姫路城天守や名古屋城天守に先行する先進的な天守閣であったと考えられている。


彦右衛門
 「ちょっと壊すには惜しいが、仕方ないのう。」


義左衛門
 「確かに、こりゃ綺麗な天守閣ですな。しかし、ここは心を鬼にしてかからねば!」


幸之助
 「そうダニ。いらぬ死人を出すことになるんダニ。」


彦右衛門
 「よし、かかれ!」


天守台から北を望む
天守台から北を望む
 前方には多数の陣屋があり、ここから朝鮮へ出兵していった。ここ以外にも半島の至る所に120カ所にも及ぶ陣屋が設けられていた。


義左衛門
 「終わりましたな。」


彦右衛門
 「大仕事だったのう。」


義左衛門
 「ここをこのまま残して唐入りしてもよかったのでは?」


彦右衛門
 「それはイヤ!だって間違いなく後500年は拙者が彼の国で悪者扱いじゃろ?」


義左衛門
 「侵略された方はいつまでも覚えておりますからなぁ……。」


章之進
 「しつこく悪者扱いされてはたまったもんじゃありませんよ。無駄な死人もたくさん出るし、請われもしないのに国外に出兵するのは大馬鹿者っすよ。」


俊丸
 「お、たまにはいいこと言うデブ!」


幸之助
 「その通りダニ!」


義左衛門
 「ここに廃材がたくさんありまする。せっかくですから、ここから南の唐津に城を築いて帰りましょう。肥前北部の抑えはその城で行いましょうぞ。」


彦右衛門
 「よし、撤収!急いで移動じゃ!」


章之進
 「ああ、仕事が終わったらさっさと撤収なんて、本当に今回はコソ泥でしたなぁ。」




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