彦右衛門
「それ!本丸内の各櫓を攻め撮れ!」

本丸南東の隅に築かれた櫓で、望楼の役割を果たしていた。京都の伏見城内にあったものを移築したものと言われる。明治の初め頃に取り壊されたが、昭和41年(1966)に外観復元された。許すまじ、明治維新………。
撮り忘れた伏見櫓と同じく、新幹線から美しい外観を見ることができる。
彦右衛門
「……………。」

本丸東側、月見櫓の北に位置する二層二階の櫓で、元和5年(1619)、水野勝成が10万石で入封し福山城を築いた際に建てられた。明治6年(1873)の廃城の際に取り壊され、昭和48年(1973)に外観復元。許すまじ、明治の廃城令……。
現在は文書館となっており、福山城の古写真や古文書を閲覧することができる。

築城当時から城下や近隣諸村に時の鐘を告げた櫓。緊急時に城下の武士を招集する太鼓も備えていた。城地内に鐘櫓が存在する城は全国的に例がなく、貴重な文化財となっている。
章之進
「さて、ここの目玉の鐘櫓も攻め撮ったし、1つ鳴らしてみるとするか。」
カーン!
注、鐘は鳴らせません。
彦右衛門
「うおぅ、ビビったぁ!迂闊に鐘を鳴らすな、コラ!」
章之進
「あれ、太鼓もある!ついでにこいつも……。」
ドーン!
注、太鼓も鳴らせません。
城下の侍達
「おお!?何事じゃ!あれ!お城が攻められておるぞッ!方々、出会え、出会え!」
幸之助
「章之進!敵を増やしてどうする気ダニ!」
章之進
「いや〜、しかし、今まで気付かないってのもねぇ。」
俊丸
「時代が下って平和になったところデブ。きっと安心しきっていたデブよ。そこへ急襲をかけた軍師殿は、やはりさすがデブ。」
章之進
「要するに、卑怯者ということですか?」
義左衛門
「黙らっしゃ〜〜〜〜〜い(末成由美風に)!『兵とは詭道なり』『其の備え無きを攻め、其の不意に出づ』、孫子の兵法じゃ!」
章之進
「軍師の立てられる策で我が軍の武士は損ばかりしておるからのう。あ、してみると損士の兵法でござるな!うまいな、俺!」
義左衛門
「…………。」
水野勝成
「むう、どこからわいて出たかと思いきや、あっという間に本丸を攻め撮られてしもうた。応援の武士も討ち撮られておるぞ。かくなる上は、天守閣にて最後の抵抗を試みることと致そう。」

写真一番上が新幹線福山駅。写真右手が筋鉄御門で、その左隣・真ん中の建物が湯殿櫓である。さらに写真の左側の見えないところに月見櫓と鏡櫓がある。筋鉄御門の右側には伏見櫓。さらに写真右の見えないところに鐘櫓が存在する。下の図のような配置となる。
月見櫓 湯殿櫓 筋鉄御門 伏見櫓
鏡櫓 (本丸御殿) 鐘櫓
天守閣
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