彦右衛門
「ふふ、懲りずに船を集めてきよったのう。十枡!」
十枡
「了解なんだナ!全砲門一斉射撃なんだナ!」

ちゅど〜ん、ど、ど、ど〜〜〜ん!!
章之進
「あれ?彦右衛門様!あやつらひるまずに突っ込んできますよ!?」
十枡
「や、や、や、ヤバいんだナ!」
村上武吉
「よ〜し、見ての通り、弾は当たらん!我らには八幡様の御加護があるのじゃ!安宅船はそのまま前進!関船と小早船は突撃して焙烙火矢をお見舞いしてやれ!」

村上水軍の用いた船の模型。手前から小早船、関船、安宅船である。小早船とは村上水軍の船のうちで機動力を発揮した高速艇である。
関船(せきぶね)は、海上の関を破る船を追撃することから名付けられた。小早船より若干大きい。スピードを上げるために船体は細長くなっており、小早船と同様に海戦において機動力を発揮して活躍していた。敵船に肉薄して焙烙火矢を投げ込むのもこれらの船であったろう。
安宅船(大阿武船)は、日本最初の本格的大型構造船であり、日本の大型専用軍船第一号である。船体はクス、ムク等の堅木の厚板(楯板)で覆われていた。また、織田信長の頃から船体・楯板・屋根も銅板で覆われた。これは火箭(ひや)、焙烙(ほうろく、火炎壜のような武器)による火災防止対策である。海戦の中心となり、多くの将兵を乗せて戦っていた。海戦においても、この安宅船を中心にして陣形が組まれていた。下は安宅船のデータ。
全長 26メートル
幅 9メートル
重量 200トン
将士 20〜40人
水夫 70〜130人
幸之助
「あら?小早船が近づいて来るんダニ!あああ、焙烙火矢ダニ!」

村上水軍博物館の入口に展示されている小早船。この船は平成2年(1990)に小和田哲男先生(東京大学名誉教授)の監修で復元されたものである。

水軍の戦闘を描いた絵。村上水軍博物館の壁にかかっている。一番右に焙烙火矢を投げる水夫(かこ)が描かれている。
彦右衛門
「慌てるな!戦艦大和は最強の鉄甲船じゃ!焙烙火矢なんぞは効かんわ!のう、十枡?って、あら〜ん、何処行った?ありゃ、義左衛門さんもおらんがな!嫌な予感……。」
がっしゃん!ごおおおおおお!!
彦右衛門
「ぐはっ!あち、あちちちち!」
十枡
「彦右衛門様!それはハリボテで造った船にて、燃えやすいんだナ!早く逃げないといけないんだナ!」
章之進
「あら、良く見たら46センチ砲もこけおどし!中には普通の大砲があるだけ!?道理で当てないようにしていたわけじゃ。当たったら威力が分かってしまうがな!」
幸之助
「いかんダニ!火の回りが早いんダニ!急いで逃げるダニ!」
彦右衛門
「だああああ!!」
こうして戦艦大和はものの見事に燃え尽きた……。なんとか別の船に乗り移った彦右衛門だったが、勢いに乗る村上水軍の大船団が近づいていた。
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